おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしいことばを探してみましょう。

もし枝雀師匠に演じていただけるならばこんな噺が聴いてみたい 「お公家の料理人」

もし枝雀師匠に演じていただけるならばこんな噺が聴いてみたい

 

「お公家の料理人」

 

 二代目桂枝雀師匠は、「爆笑王」の異名を取るほど陽気で軽妙な大阪弁と、ときに大袈裟すぎるほどの大胆な身振り手振りで多くの落語愛好家を魅了しました。その話芸は誰にも真似のできない強烈な個性を輝かしく放っており、上方落語に留まらず、現代落語界の至宝と称しても過言ではありません。

 また、華麗な話術の使い手でありながら、笑いの追求にこれほど真剣に取り組んだ噺家はいないと評されています。落語の「サゲ」や「オチ」を徹底して分類し、まるで求道者のように笑いの本質を深く研究しました。そして演題の中で自ら模索した笑いを洗練し、落語という芸能の領域を大きく拓くことに貢献しました。その影響は後進の噺家に限りなく及んでいます。現代落語の可能性と将来性をこれほどまでに高めた噺家は、二代目桂枝雀師匠をおいて他にはいません。

 しかし、その真面目過ぎる性格が災いしたのでしょうか。晩年はうつ病に苦しめられました。悩んだ末に「私はうつです」と高座で告白したところ、皮肉にも観客の爆笑を誘いました。観客を笑わせる冗談だと思われてしまったのです。「笑いごとじゃないんです」と枝雀師匠は涙ながらに訴えたと伝えられています。どれほどの苦しみを背負って高座に上がっていたのでしょうか。その心中を察して余りあります。たいへん残念なことに、最期は自ら命を絶とうとして意識不明のまま亡くなりました。もしうつ病を発症していなければと思うと悔やまれてなりません。陽気で人懐こい枝雀師匠のお顔はいつまでも私の心に残っています。

 私が好きな枝雀師匠の演目は「代書屋」「池田の猪買い」「ちしゃ医者」などです。とくに「代書屋」は私が初めて聴いた枝雀師匠の演目です。ラジオから流れる「代書屋」を聴いたときは衝撃的でした。人生が変わるほど笑いました。世の中にこんなにも面白い世界があるのかと感動しました。あらすじは至って簡単であり、人物描写の巧みさだけで成立しているような噺なのですが、そこは枝雀師匠の真骨頂です。常識的な世界に生きるお堅い人物とあまり常識がないけれど憎めない人物とのやり取りの「おもろさ」は、枝雀師匠の最も得意とするところです。

 そのような世界を描きたいと思って「お公家の料理人」という噺を創作しました。由緒あるお公家に生まれ育ったぼんぼんが、あろうことか料亭で働くことになって珍騒動を巻き起こすという噺です。常識的な世界に生きるお堅い料理人とあまり常識がないけれど憎めないぼんぼんのやり取りの「おもろさ」をお楽しみください。噺の導入部分、いわゆる「まくら」は、私の大好きな「代書屋」からヒントを得ています。

 ところで、高座では大阪弁を巧みに操る枝雀師匠ですが、意外にことに大阪の生まれではなく、神戸に生まれて伊丹で育ちました。しかし、生粋の大阪人に負けないほど流暢な大阪弁を話すばかりか、現在ではあまり使わなくなった庶民の「町ことば」も落語に取り入れています。大阪弁は他の方言に比べて地域差が少ないと言われますが、厳密には摂津、河内、泉州の三種類の方言に分けられるそうです。私にはその違いがわからず、これまで人生で一度も使ったことのない大阪弁で落語を創作するのは至難の業でした。それでも枝雀師匠の落語を繰り返し聴きながら頑張って書きました。実際の大阪弁と違っている言葉遣いがあるかもしれませんが、枝雀師匠に免じてお許しください。

 叶わぬ願いではありますが、もし枝雀師匠に演じていただけるならば間違いなく大爆笑になるのではないかと思っております。高座の枝雀師匠を思い浮かべながら読んでいただければ幸いです。

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