
江戸は世界にも類を見ないほど急速に発展した大都市です。
推定人口は100万人を超えたとも言われています。
そのため、手軽に食べられる外食産業が発達していきました。
江戸っ子が大好きな美味しい料理が次々と生まれました。
現代でも人気の天ぷら屋、そば屋、寿司屋、うなぎ屋は、
全て江戸時代に登場した外食産業です。
中には「ももんじ屋」という店もありました。
一体どのような食べものを扱ったのでしょうか。
じつは、イノシシやシカなどの獣肉を提供した店です。
「ももんじ」は漢字では「百獣」と書きます。
当時は獣肉を食べることが表向きは禁じられていました。
ただし、あくまで表向きのことです。
日本に仏教が伝来してから、たしかに「四つ足」の肉を
食べることを忌避する風習は広まりました。
しかし完全に食肉がなくなってしまったかというと、
そうではありません。
食肉は滋養がつくことから一種の民間療法と見なされ、
「薬喰い」と呼ばれて正当化されていました。
もちろん正当化されているとは言え、人前では堂々と
獣肉を食べるわけにはいきません。
そこで「ももんじ屋」では隠語が用いられていました。
たとえば、イノシシの別名は「山クジラ」です。
クジラはホニュウ類ですが、四つ足ではありません。
江戸時代までは魚類と見なされていました。
クジラの肉を食べることは魚と同じように合法ですから、
それにあやかって「山クジラ」と呼んだのでしょう。
また、イノシシの肉は「ボタン」とも呼ばれていました。
肉の色が牡丹(ぼたん)の花に似ているからです。
その一方、シカの肉は「モミジ」と呼ばれています。
花札の「紅葉に鹿」の図柄から名づけられました。
鶏肉を「カシワ」と呼び、馬肉を「サクラ」と呼ぶのと
同じような風流な呼び名です。
ところで、「ももんじ屋」で使うイノシシやシカの肉は、
一体どこから仕入れたのでしょうか。
江戸の近郊の農村で駆除された害獣が供給されたようです。
主に北関東から利根川水系を利用して運ばれました。
イノシシやシカばかりでなく、サルやキツネやオオカミも
運ばれたと言われています。
やがて明治時代になると、「ももんじ屋」は姿を消します。
「すき焼き屋」や「牛鍋屋」が台頭してくるからです。
獣肉も、イノシシやシカから牛肉や豚肉に変わってきます。
しかし獣肉が愛されていることは変わりません。
たとえ密かに食べようとも、堂々と食べようとも、
美味しい肉料理は美味しいのです。