もし小三治師匠に演じていただけるならばこんな噺が聴いてみたい
「嫁取り侍」
十代目柳家小三治師匠の持ち味は三つあると思います。一つめは、面白くなさそうに面白いことを話す芸です。これはかつて五代目柳家小さん師匠もそうでしたが、朴訥として飄々とした話芸は、他の噺家に類を見ない柳家一門のお家芸です。不思議なことに、面白くなさそうに話す芸がじつに面白いのです。思わずくすっと笑ってしまう小三治師匠の話芸というのは、誰にも真似のできる芸当ではありません。落語という演芸の奥深い本質を感じることができると私は考えています。
二つめは、枕が長いことです。枕とは、落語の本題に入る前に、まずは軽く差し障りのない話をして観客の集中力を高める話芸のことを言います。ところが、この枕が小三治師匠の場合は異様に長いのです。「枕の小三治」と異名を取るほどに枕を重視していらっしゃったようです。ときには本題以上に枕の方が長かったり、枕だけで噺が終わってしまう高座もあったと伝えられています。そうした自由闊達な話し方は小三治師匠らしさの顕れでもあります。
三つめは、間合いが絶妙であることです。間の取り方が難しいのは、落語に限らず全ての話芸に共通することかもしれませんが、小三治師匠の間合いは絶妙です。あまり長すぎると、文字通り間延びしてしまいます。短すぎると余韻が感じられなくなります。観客の緊張感をぎりぎりのところまで見切るような長い間の取り方は、小三治師匠でなければできない芸当です。
小三治師匠の演目の中では「二番煎じ」が、最も小三治師匠らしさを感じることができる噺の一つです。冬の夜回りをすることになった町内の旦那衆が、番屋にこっそりと酒や猪鍋を持ち込んで暖を取るという噺です。それを見つけた同心と旦那衆とのやり取りが何とも滑稽です。偉そうではあってもどことなく憎めない武士は、小三治師匠が得意とした役どころです
そうした小三治師匠の魅力が最大限に活かされるように「嫁取り侍」という落語を創作しました。槍の弥右衛門と恐れられた豪傑な武将の弥右衛門が、お里という娘を嫁に取り大活躍するという噺です。機転がはたらきそうで融通が利かない武士の姿は「二番煎じ」の同心をヒントにしました。猪肉の逸話も「二番煎じ」から取り入れました。もちろん枕は長めに取ってあります。高座の小三治師匠を思い浮かべながら読んでいただければ幸いです。
叶わぬ願いではありますが、もし小三治師匠に演じていただけるのであれば、このような噺を聴いてみたいと思って作りました。天国の小三治師匠がお読みくだされば、「おっ、これは面白いじゃないか」と思っていただけるかもしれません。心底そのように願っております。改めてご冥福をお祈りいたします。