おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

ゆで卵はなぜおでこで割るのか

ゆで卵は最も簡単な卵料理です。

手軽に美味しく食べられます。

 

家庭でも作ることができますが、

お店でも売られています。

 

じつは、ゆで卵売りの歴史はたいへん古く、

江戸時代にはすでに売られていました。

 

江戸時代は貨幣経済が発達しておかげで、

都市部で外食産業が盛んになりました。

 

とくに江戸は世界最大の人口を持つ大都市です。

屋台の店だけでなく、売り子も多くいました。

 

てんびんを担いで食品などを売り歩く売り子のことを

当時は「振り売り」と呼んでいました。

 

青果、海産物、豆腐、甘酒、ところてん、汁粉など、

数十種類の食品を扱っていました。

 

その一つに、ゆで卵売りがいました。

 

その時代の鶏卵は非常に高価ですから、

ゆで卵の値段も高かったようです。

 

かけ蕎麦一杯の値段よりも高かったといいますから、

現在の金額で一個数百円ほどではなかったでしょうか。

 

それでも卵は栄養価が高く、滋養が摂れます。

一種の強壮食品と考えられていました。

 

現代でいうと、栄養ドリンクを買うのと同じ感覚です。

多少値段が高くても、疲労回復に最適です。

 

ところで、ゆで卵の殻を剥くときに、

おでこにぶつけて割る人がいます。

 

他にいくらでも割る場所がありそうなものですが、

なぜわざわざおでこで割るのでしょうか。

 

その理由は、ゆで卵は家で作って食べるものではなく、

外で買って食べるものだったからではないでしょうか。

 

家の中であれば、膳でも食卓でも割るところがあります。

しかし外で食べるときは割るところが見つかりません。

 

最も衛生的と思われるところが自分のおでこです。

そのためおでこで割ったのではないでしょうか。

 

そうした古い習慣が今でも残っていると考えられます。

あくまで個人的な推測ですが。

 

もっとも最近は、おでこで割る人を見かけなくなりました。

何だか少し寂しい気もします。

 

卵はなぜ常温で売られるのか

鶏卵は賞味期限の定まった生鮮食品です。

産卵から約2週間とされています。

 

一個ずつ、期限を記したシールが貼られたり、

インクジェットで表面に印字されています。

 

期限内に消費することはもちろん大切ですが、

購入後すぐに冷蔵庫で保存する必要があります。

 

ところが、お店では卵が常温で売られています。

なぜ低温で販売しないのでしょうか。

 

卵の表面には、目に見えない小さな穴が無数に開いています。

その数は、卵一個につき、およそ数千から一万以上です。

 

これは「気孔」と呼ばれる穴です。

卵はこの穴を通して呼吸しています。

 

もしお店で低温で販売されている卵を買うと、

店外の気温差によって結露してしまいます。

 

冷たい卵の表面に水蒸気が触れて水滴となるのです。

ちょうど卵が汗をかいたような状態になります。

 

水滴が気孔を塞いでしまうばかりではありません。

細菌を含む水分が卵に侵入してしまう危険性があります。

 

卵の品質に悪い影響を与えてしまうかもしれません。

ですから、お店では常温で売られています。

 

家庭では冷蔵庫に保存しなければなりませんが、

じつは卵には上下があります。

 

とがった方を下に、丸みのある方を上に保存します。

丸みのある方に、卵の「気室」があります。

 

気室とは、空気の溜まっているところです。

上にあることによって卵の黄身が安定します。

 

もちろん新鮮なうちに食べるのが大切です。

安全なだけでなく美味しくいただけるからです。

 

なぜイースターには卵なのか

イースターは、キリスト教のお祭りです。

復活祭とも呼ばれます。

 

春分の後の最初の満月の次の日曜日と定められています。

日本ではちょうど春休みの時期に当たります。

 

イースターといえば彩色された卵がつきものです。

イースターエッグと呼ばれています。

 

赤い卵が基本ですが、最近は色とりどりに塗られます。

卵型のお菓子で代用することもあります。

 

なぜイースターには卵なのでしょうか。

その起源については諸説があります。

 

卵は動きませんが、そこから新しい生命が誕生します。

それが生の復活を象徴しているという説が有力です。

 

また、赤い色はキリストの血を表しています。

これも生命の象徴です。

 

ところでイースターエッグを運んで来るのは野ウサギです。

イースターバニーと呼ばれます。

 

サンタクロースが子どもたちに贈り物を届けるのと同じです。

ドイツの伝承を起源としています。

 

イースターバニーの歴史はイースターエッグよりも浅く、

あまり知られていない地域もあります。

 

イースターのご馳走だと勘違いされることもあります。

イースターバニーはウサギ料理ではありません。

 

たしかに、感謝祭のターキーは食べられます。

ハロウィーンのパンプキンも食べられます。

 

しかしイースターバニーは食べものではありません。

 

チーズを何かにたとえると

ワインの色と香りと味わいは、昔から表現が決まっています。

他の何かにたとえて表現します。

 

色は、植物や宝石などにたとえられます。

香りは、花や果実や香草や香辛料などにたとえられます。

味わいは、シルクやビロードなどにたとえられます。

 

それを手がかりにすると、ワインのコルクを開ける前から

どのようなワインか、おおよそ知ることができます。

 

こうした表現は、ワイン選びに欠かせません。

そのため、ワイン通は表現をよく知っています。

 

じつは、チーズも他の何かにたとえることがあります。

 

フランスの「コンテ」の香ばしい風味はナッツにたとえられます。

スイスの「ラクレット」のコクもナッツにたとえられます。

 

スイスの「エメンタール」の甘い香りはフルーツにたとえられます。

フランスの「サン・タンドレ」の風味はまるでバターのようです。

 

イタリアの「リコッタ」はお菓子のようなやや甘い風味があり、

「カッサータ」というシチリアのスイーツにたとえられます。

 

フランスの「ミモレット」はカラスミの風味があり、

日本酒に合うチーズとして知られています。

 

ちょっと変わったチーズがフランスの「ラングル」です。

色も味わいもウニそっくりです。

 

面白いことに、日本の食材にたとえられるチーズもあります。

イタリアの「スカモルツァ」は蒲鉾のような弾力を持っています。

 

フランスの「リヴァロ」の臭いは、沢庵漬けにたとえられます。

世界で最も強烈な臭いを持つチーズの一つです。

 

おそらくフランスの「クロタン・ド・シャヴィニョル」ほど、

意外なたとえられ方をするチーズはありません。

 

何と馬糞にたとえられるチーズです。

形状が似ているからです。

 

「クロタン」とはフランス語で馬糞の意味です。

「シャヴィニョル」は原産地の小さな村の名前です

 

直訳すれば、「シャヴィニョル村の馬糞」ですが、

実際は、お団子のように白く愛らしい形をしています。

 

山羊の乳から作られる白カビチーズです。

産地のロワール地方で愛されています。

 

それにしても、なぜ馬糞にたとえたのでしょうか。

たしかにわかりやすい表現ではありますが。

 

もしかしたら、あまりに美味しいチーズなので、

誰も食べないような名前にしたのかもしれません。

 

高原で熟成するチーズ

イタリアに「ビット」というチーズがあります。

生産量が少なく、希少価値の高いチーズです。

 

ロンバルディア地方の渓谷で作られます。

スイスの国境に近い山岳地帯です。

 

原料は、この地方の伝統牛から得られる牛乳です。

搾乳される季節は限られています。

 

放牧は標高1,500メートル以上の高地で行われます。

高地の牧草が牛乳の質を左右するからです。

 

牧草を食べ尽くすと、さらに高いところに移動します。

標高2,500メートルの高地まで登ります。

 

高地の牧草によって深い味わいの牛乳を得ることができます。

そしてコクのあるチーズを醸し出すことができます。

 

チーズの熟成には2年もかかります。

中には10年熟成するものもあるそうです。

 

高原の冷涼な気候でじっくり熟成されます。

豊かな風味を持つチーズです。

 

洞窟で熟成するチーズ

食糧やワインの貯蔵庫のことをフランス語でカーヴといいます。

もともとは洞窟を意味する言葉です。

 

洞窟は光を遮り温度と湿度が一定なので貯蔵に適しています。

貯蔵だけでなく食品の熟成にも向いています

 

フランスにロックフォールというチーズがあります。

 

ブルーチーズと呼ばれる青カビの代表的なチーズです。

フランス最古のチーズともいわれています。

 

フランスの南部にロックフォール・シュル・スールゾンという村があります。

その村のコンバルー山の洞窟でロックフォールは偶然に誕生しました。

 

むかし村の羊飼いがお弁当のチーズを洞窟に置き忘れてしまいました。

数か月後に洞窟に来てみるとマーブル状に見事な青カビが生えていました。

 

食べてみるとこれが信じられないほど美味しいチーズだったそうです。

あくまで村に伝わる話なので確かなことはわかっていません。

 

しかし現在でもこの洞窟でロックフォールを作っていることは事実です。

 

まず青カビを採取するために洞窟内に数か月間パンを置いておきます。

するとパンの表面にびっしりと青カビが繁殖します。

 

この青カビは世界中でこの洞窟にしか存在しないそうです。

羊の乳で作ったチーズの内部にその青カビを付着させます。

 

洞窟内の貯蔵庫にチーズを寝かせて熟成させます。

通常は4か月ほどでロックフォールが完成するそうです。

 

ロックフォールは鋭い香りと強い塩気と濃厚な風味が特徴です。

慣れていないとかなり刺激を感じる個性的なチーズです。

 

そのまま食べてもバターのように滑らかな舌触りが楽しめますが、

他の素材と組み合わせても美味しさが際立ちます。

 

意外に思わるかもしれませんが、甘味のある食材と相性がよく、

ドライフルーツやジャムや蜂蜜と組み合わせると美味しいです。

 

ロックフォールは「チーズの皇帝」と呼ばれています。

チーズとしてたいへん完成度の高い品質を誇ります。

 

これもすべてコンバルー山の洞窟のおかげです。

 

銀行で熟成するチーズ

「イタリアチーズの王様」と呼ばれるチーズがあります。

パルミジャーノ・レッジャーノです。

 

名前は、パルマおよびレッジョ・エミリアという地名に由来します。

エミリア・ロマーニャ州ロンバルディア州で作られています。

 

イタリアにはDOPと呼ばれる原産地名称保護制度があります。

チーズやワインの伝統を守る厳しい基準が設けられています。

 

そのDOPの認定を受けて刻印を押されたチーズだけが、

パルミジャーノ・レッジャーノを名乗ることができます。

 

長期熟成させた濃厚な味わいが特徴です。

ハードタイプの中でもとくに硬質のチーズです。

 

すりおろしてパスタ料理に和えたり、バルサミコ酢に浸して食べます。

 

熟成期間は2年から3年、ときには5年もかかることがあります。

その期間、チーズ製造業者は収入を得ることができません。

 

そのためイタリアの銀行には、チーズ製造業者への融資制度があります。

熟成中のチーズを担保として預かり、銀行が資金を貸し出すのです。

 

銀行にはチーズを預かるための専用の貯蔵庫が設けられています。

出荷されるまで、チーズは銀行の貯蔵庫で熟成します。

 

まるで金塊を預かる金庫のようです。

 

パルミジャーノ・レッジャーノはたいへん大きなチーズの塊です。

1個の重さが数十キログラムもあります。

 

まるで金塊並みの価値があります。

 

銀行で預かってもらう方がチーズ製造業者にとっても安心です。

盗難の心配がありません。

 

まるで金塊のように大切に管理されます。

 

イタリア中の銀行の貯蔵庫には何十万個ものチーズが眠っています。

その融資総額は数億ユーロにも及ぶそうです。

 

イタリアの伝統的なチーズ産業を守るために銀行が始めた制度です。

チーズ製造業者支援の意味も込められています。

 

パルミジャーノ・レッジャーノはそれほど価値があるチーズなのです。