おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

イワナを食べると龍になるのか

童話「龍の子太郎」にイワナが出てきます。

火であぶった香ばしい匂いのイワナです。

 

空腹に耐え切れずに禁断のイワナを食べて

龍の姿になってしまう話が描かれています。

 

私は子どもの頃に「龍の子太郎」を読んで、

イワナという魚を初めて知りました。

 

はらわたに沁み透ると表現されているので

ぜひ食べてみたいと思いました。

 

それほどまでに人々を魅了するイワナの味を

知りたかったからです。

 

しかし、イワナは山奥の渓流に棲む川魚です。

普通の魚屋さんでは売っていません。

 

大人になって初めてイワナを食べましたが、

自分が龍に化けるかとどきどきしました。

 

イワナはアユに劣らない美味しい魚です。

塩焼きにすると最高です。

 

貧しくて満足に食べられなかった昔の人々が

不憫に思えてきました。

 

龍の子太郎も同じように考えたようです。

もしイワナが百匹あればと語っています。

 

イワナも米の握り飯もたくさんあれば、

みんなが腹いっぱい食べることができます。

 

誰が食べたなどと争わなくて済みます。

イワナを食べた自分を責めることもありません。

 

大切なのは、貧しい暮らしをなくすことです。

そのことに龍の子太郎は気づくのです。

 

龍の子太郎は、超人的な力を発揮します。

山を切り拓き水田を作ろうとします。

 

しかし、一人では成し遂げることができません。

龍や鬼や動物たちがそれを手伝います。

 

とても感動的なお話です。

 

刺身を洗いにするとなぜ美味しいのか

魚の薄切りを冷水に晒した料理を「洗い」といいます。

その名の通り、水でさっと洗って水気を切ります。

 

魚の余分な脂肪分を落とし、臭みを取る料理法です。

身が引き締まって旨味が強く感じられます。

 

水分を含んだ肉質には適度な弾力が生まれます。

刺身よりも心地よい歯応えが魅力です。

 

また、冷水に晒すことで涼感が得られます。

暑い夏に適した料理です。

 

洗いに向く魚は、主に淡白な白身魚です。

タイやスズキやコチが定番です。

 

脂の美味しい魚は、洗いに向いていません。

ハマチやマグロの中トロなどです。

 

北大路魯山人は、アユの洗いが一番と言っていますが、

じつは、他の魚も推奨しています。

 

たとえば星ガレイです。

 

魯山人は京都出身の美食家ですから

滅多に東京の食材を褒めません。

 

とくに魚に関しては関西に限ると言い切っています。

それでも、東京近海の星ガレイは天下一品だそうです。

 

少々厚めにした星ガレイを井戸水に洗って舌上に運ぶ。

まさに夏の美肴の天下一と絶賛しています。

 

またイワナの洗いも推奨しています。

 

イワナは山深い渓流に棲んでいます。

アユよりもさらに清流を好みます。

 

肉質はアユより重厚な感じがしますが、

高貴な淡白さを持っています。

 

イワナは塩焼きにすると美味しいのですが、

洗いにしても美味しいそうです。

 

私はイワナの洗いを食べてことがありませんが、

魯山人はもちもちした食感だと述べています。

 

ただしイワナも淡水魚です。

寄生虫が心配です。

 

たとえどんなに洗いが美味しくとも

正直なところ生食はお勧めできません。

 

アユの洗いは禁断の味

アユの最高の食べ方は、何と言っても塩焼きです。

希代の美食家、北大路魯山人もそれは認めています。

 

塩焼きにして、うっかり火傷するほど熱いところを

ガブッとやるのが香ばしくて最上と言っています。

 

しかも、鵜飼で獲れたアユが一番とも言っています。

ウがアユを飲み込んで即死させるからだそうです。

 

通常の漁法で水揚げされたアユは、次第に衰弱するので

味が落ちるということです。

 

ただし、アユの体にウの歯形が付いてしまうので、

味がよくても見た目がよくないそうです。

 

アユひとつを取っても、素材の良し悪しを見極め、

最高のものを求める姿勢は、さすが魯山人です。

 

その魯山人は京都の出身ですが、子どもの頃に

近所の魚屋で大量のアユのあらを見たそうです。

 

魚屋にその訳を訊くと、三井さんからの注文があり、

アユの「洗い」を作った残りだということです。

 

ずいぶん贅沢なアユの食べ方があるものだと

子ども心に魯山人は感心したそうです。

 

やがて、大人になってアユの洗いを食べたとき、

その美味しさに魯山人は驚いたということです。

 

あの舌の肥えた魯山人が驚くほどですから

よほど美味しいものなのでしょう。

 

数ある洗いの中で一番美味しいのは、

アユの洗いだと断言しています。

 

しかし、アユは淡水魚です。

生食すべきではありません。

 

いかに清流に棲んでいるからとは言え、

寄生虫のリスクがあるからです。

 

淡水魚を洗いや刺身で食べるのは危険です。

 

専門の料理店で食べるならばともかく、

素人料理の生食は避けるべきです。

 

しかし魯山人の時代には、そうした意識が

低かったのではないでしょうか。

 

彼自身も、じつは食中毒で亡くなっています。

半生のタニシが原因と言われています。

 

火を通し過ぎないタニシが美味しいと言って

好んで半生を食べたそうです。

 

生で食べる淡水の魚介類は、禁断の味です。

アユの洗いも決して例外ではありません。

 

鵜飼は伝統か虐待か

鵜飼は飼い馴らしたウを使った漁法です。

昔から伝統的に行われてきました。

 

長良川の鵜飼はたいへんよく知られています。

成長したアユが川を遡上する時期に行われます。

 

鵜飼に使われるウは「ウミウ」です。

素早く潜水して魚を捕る能力があります。

 

そうしたウの性質を活かした漁法が鵜飼です。

 

日が暮れてから小舟の舳先でかがり火を焚くと、

水中のアユが驚いて動きが活発になります。

 

それを狙ってウがアユを飲み込みますが、

ウの喉には紐が巻かれています。

 

そのためアユを飲み込むことができません。

猟師はそれを吐き出させて収獲します。

 

ちょっとウがかわいそうな気もしますが、

獲物をすべて横取りするわけではありません。

 

紐はそれほど強く結ばれていないので、

小さいアユは喉を通ります。

 

大きいアユだけを人間がいただきます。

なかなか理に適った漁法です。

 

鵜飼の歴史は古く、日本書紀にも記述があります。

信長も家康も保護したと伝えられています。

 

千数百年も続く格式ある伝統行事ですが、

その一方で否定的な見方もあります。

 

動物愛護の観点から、疑問視する見方です。

中には、虐待だという厳しい意見もあります。

 

しかし、昔から鷹狩りという猟法がありますが、

鷹狩りが虐待だという意見はあまり聞きません。

 

また、猟犬を使った狩猟も世界中にありますが、

猟犬を虐待しているという意見もありません。

 

なぜ、鵜飼が問題視されてしまうのでしょうか。

 

おそらく、ウの喉に紐を巻きつけることや、

獲物を吐き出させることが理由かもしれません。

 

どうしても、かわいそうに思われてしまいます。

 

虐待かどうか簡単に結論づけることはできませんが、

人と動物の関係を見直していく必要があります。

 

鵜飼を伝統として守っていくためにも。

 

そろそろアユの解禁日

初夏はアユの季節です。

そろそろ解禁日を迎えます。

 

地域によって差はありますが、

5月から6月にかけて解禁されます。

 

釣り好きには待ちきれない季節です。

 

アユは清流に棲む魚です。

川底の藻類を食べています。

 

そのせいか、西瓜に似た香りがします。

そのため「香魚」と呼ばれています。

 

また、優美な姿から「清流の女王」とも呼ばれます。

 

その女王には申し訳ないのですが、

塩焼きが最高です。

 

アユは、「わた」に風味があります。

ですから、わたは取りません。

 

口から竹串を刺して丸ごと塩焼きにします。

そして熱々のところをかぶりつきます。

 

昔からアユの塩焼きには「タデ酢」が定番です。

タデの葉を擂って混ぜた合わせ酢です。

 

独特のタデの苦味があります。

まさに「タデ食う虫も好き好き」です。

 

アユのわたを塩辛にしたものを「うるか」といいます。

漢字では「潤香」と書きます。

 

うるかは苦味が特徴です。

しかし豊かな風味があります。

 

わた食う人も好き好きでしょうか。

 

料理を伝えることの難しさ

料理を教えてほしいと人によく頼まれます。

 

しかし、自分で料理するのは好きなのですが、

人に料理を教えることがとても下手です。

 

それは、計量したことがないからです。

 

たとえば、調味料は小さじ何杯ですかと訊かれても

適量としか答えられません。

 

茹で時間を訊かれても、火が通るまでと答えるだけです。

 

茹で卵でさえ時間を計ったことがありません。

半熟も固茹でも、いつも勘に頼っています。

 

毎日作る味噌汁の味噌も量ったことがありません。

未だに何グラム使っているのか知りません。

 

ですから、正確に教えることができないのです。

 

また、料理の用語も伝わりにくいものです。

言葉だけでは説明し切れません。

 

笹がき、面取り、桂むき、イチョウ切りなどは、

目の前で実演しないとわかりません。

 

一口大に切ってと言ったら質問されたことがあります。

一口大とってどのくらいですかと。

 

だから一口大だって、では通じません。

食べやすい大きさと言わなければなりません。

 

一番訊かれて困るのは電子レンジの使い方です。

私自身が料理に使ったことがないからです。

 

何ワットで何秒と訊かれても困ります。

 

もちろん電子レンジを否定するつもりはありません。

ただ私が古風な人間なだけです。

 

たいていの和食の料理方法は、電子レンジの発明以前に

すでに確立しているというのが、私の考えです。

 

ですから電子レンジを使わずに作ることができます。

むしろ使わない作り方に私は慣れています。

 

電子レンジは短時間で簡単に料理できる魔法の箱ですが、

手間暇かけて料理するのも楽しいものです。

 

伽羅蕗の伽羅とは何か

フキ料理の定番に「伽羅(きゃら)蕗」があります。

 

醤油で濃く味付けるのでエメラルドグリーンではありません。

文字通り伽羅色、つまり濃い飴色をしています。

 

ところで伽羅とは一体何でしょうか。

 

伽羅は、東南アジア原産の香木の一種です。

たいへんよい香りがするそうです。

 

沈香という種類のうち、最高級品か伽羅です。

国宝級に希少な香木だそうです。

 

もちろん私も見たことはありません。

しかし伽羅蕗は、伽羅に劣らない気品ある料理です。

 

伽羅蕗には細いフキが向いています。

使うのは山ブキです。

 

アクが強いので、茹で上げた後に水に晒して

半日から一晩ほど置かなければなりません。

 

作り方は簡単ですが、とにかく時間がかかります。

気長に付き合う覚悟が必要です。

 

アク抜きした山ブキを柔らかくなるまで煮ます。

醤油と味醂と砂糖で甘辛く味付けします。

 

水気がなくなるまで弱火でことこと煮込みます。

焦げないように気をつけなければなりません。

 

醤油の色がしっかり染み込んで伽羅色に変わります。

最後に好みで唐辛子や山椒や胡麻を振ります。

 

数日かけて、煮ては冷ますを繰り返すこともあります。

その方が、味が馴染むからです。

 

長時間かけなければ、美味しい伽羅蕗はできません。

しかし、長時間かけるだけの価値ある一品です。

 

伽羅蕗を作るとき、私はいつも考えます。

昔の人はなぜこんなに手の込んだ料理を作ったのかと。

 

もちろん美味しいからには違いありませんが、

それだけではありません。

 

伽羅蕗はかつて保存食でした。

味付けが濃いのはその名残です。

 

昔はもっと塩分が濃かったかもしれません。

常温で保存できるほどだったと思います。

 

フキが採れる季節にたくさん伽羅蕗を煮ておきます。

それを、フキが採れない季節に少しずつ食べます。

 

そして翌年のフキの季節を心待ちにします。

 

昔の人は、季節の順序に逆らうことなく、

季節の恵みを大切に食べてきたのでしょう。

 

今の時代、フキはハウスで栽培されています。

秋には早くも出荷が始まります。

 

フキが秋に採れると聞いたら昔の人は驚くでしょう。

伽羅蕗を作らなくなるかもしれません。

 

フキノトウは春立つ季節の食材であり、

フキは春闌ける季節の食材です。

 

それは、昔も今も変わることではありません。

私はそう考えます。