おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

タラバガニの「タラバ」とは何か

タラバガニは冬に旬を迎えます。

主にオホーツク海で獲れます。

 

昭和初期の小林多喜二の小説「蟹工船」は、

そのオホーツク海を舞台にしています。

 

タラバガニを獲り、船上で缶詰に加工する物語です。

過酷な環境で働く労働者の姿が描かれています。

 

タラバガニの名前の由来は明らかです。

タラの漁場と重なるからです。

 

「タラバ」とは「鱈場」のことです。

何とわかりやすい命名でしょうか。

 

タラバガニは「カニ」と名がついていますが、

じつはカニではありません。

 

姿はカニに似ていますが、ヤドカリの仲間です。

宿を借りないヤドカリです。

 

カニの足は、ハサミも含めて左右に五対ありますが、

ヤドカリの足は四対しかありません。

 

ケガニやズワイガニの足に比べると、

タラバガニの足は一対少ないのです。

 

タラバガニが好きな人にしてみると、

何だか損している気分になります。

 

また、ケガニやズワイガニに比べると、

カニミソが美味しくありません。

 

タラバガニが好きな人にしてみると、

何だか損している気分になります。

 

しかしカニミソが美味しくない点を除けば、

ケガニにも負けない美味しさがあります。

 

茹でガニ、蒸しガニ、カニ鍋、カニ汁など、

美味しい食べ方がたくさんあります。

 

タラバガニがケガニに勝る点が一つあるとすれば、

それはケガニよりも体が大きいことです。

 

ケガニは旨みと甘みが濃いカニですが、

タラバガニよりも小型です。

 

タラバガニが好きな人にしてみると、

何だか得している気分になります。

 

ズワイガニの「ズワイ」とは何か

ズワイガニの「ズワイ」とは何でしょうか。

その語源は「スワエ」という言葉です。

 

「スワエ」は漢字で「楚」と書きます。

細く長く伸びた木の小枝のことを指します。

 

ズワイガニの足は長く、まるでスワエのようです。

ですから、「スワエガニ」と呼ばれていました。

 

ズワイガニは、冬になると旬を迎えます。

「冬の味覚の王様」といわれています。

 

主に日本海側で水揚げされますが、

とくに北陸地方は名産地です。

 

オスとメスでは、体の大きさに差があり、

メスの体はオスの半分しかありません。

 

そのためメスのズワイガニの呼び名も変わってきます。

コウバコガニ」や「セイコガニ」と呼ばれます。

 

また、地方によっても呼び名が異なり、福井では「越前ガニ」、

石川では「加能ガニ」、鳥取や島根では「松葉ガニ」と呼ばれます。

 

「松葉」も「スワエ」と同じ発想かもしれません。

ズワイガニの足は、松葉のようにも見えます。

 

近年は、ズワイガニのブランド化が進み、

漁港ごとにブランド名がつけられています。

 

海外産の安価なズワイガニと区別したり、

他の地域との差別化を図ることが目的です。

 

今でこそ、ズワイガニは高級食材として扱われていますが、

冷蔵冷凍技術がない時代は、全国に流通していませんでした。

 

他の魚介類と違って、干したり塩漬けにしたりできません。

地元で消費するしかありませんでした。

 

ズワイガニが全国で食べられるようになったのは、

高度経済成長期の昭和30年代です。

 

大阪に「かにすき」の専門店が開業してから

急速に人気が高まったといわれています。

 

そうです。店頭に大きなカニのモニュメントが飾られている

あの有名な店です。

 

ちゃんこ鍋の有用性

相撲はもともと神事として発達してきましたが、

興行として成立したのは江戸時代です。

 

専門に相撲を取ることを職業とした男たちは力士と呼ばれ、

相撲部屋に所属して共同生活を行いました。

 

力士の数が増えてくると、食事の支度も忙しくなり、

一人ずつ配膳したのでは間に合わなくなりました。

 

そこで部屋の力士が一緒に鍋を食べることにしました。

それがちゃんこ鍋の起源です。

 

ちゃんこ鍋にはいくつもの有用性があります。

まず、力士同士の連帯感が強くなります。

 

「同じ釜の飯を食う」ということわざがありますが、

同じちゃんこ鍋を食べることで仲間意識が生まれます。

 

大相撲では、同じ部屋の力士同士は対戦しません。

部屋の力士は、ライバルではなく仲間なのです。

 

ちゃんこ鍋は大切な情報交換の場でもあります。

一緒に鍋を囲んで相撲を語り合うことができます。

 

毎日ちゃんこ鍋では飽きると思われるかもしれませんが、

鍋の材料と味つけの組み合わせは無限にあります。

 

季節ごとに旬の素材も使いますから

じつに多彩な鍋ができます。

 

一度の食事で多種多様な食材を摂取できることも、

力士の健康を維持する上でたいへん有用です。

 

ちゃんこ鍋には、実利的な有用性もあります。

料理に時間がかからないことです。

 

鍋は、煮ながら食べることができる料理ですから、

材料の下準備さえできればすぐに食べられます。

 

また食器の数も少なくて済みます。

後片付けに手間がかかりません。

 

しかし、ちゃんこ鍋の最も大きな有用性は、

力士が作り方を習得できることです。

 

部屋に入門した新弟子は、まず「ちゃんこ番」を任されます。

そのため、力士は誰でもちゃんこ鍋を作ることができます。

 

今でこそ学生相撲出身の大卒力士は珍しくありませんが、

昔の力士の多くは中学を卒業してすぐに入門しました。

 

相撲を教えるだけでなく、立派な社会人に成長できるように

教育することは、部屋の親方とおかみさんの義務です。

 

その一環として「ちゃんこ番」という制度があります。

ちゃんこ鍋を作らせることは大切な教育なのです。

 

相撲は厳しい世界ですから、出世できる力士は限られます。

残念ながら、志半ばで相撲を断念する力士もいます。

 

他の職業にうまく転身できればよいのですが、

相撲の他に何もできないこともあります。

 

しかし、ちゃんこ鍋の作り方を知っていることは、

必ず何かの役に立ちます。

 

引退した力士がちゃんこ鍋の店を開くこともあります。

部屋に伝わる秘伝のちゃんこ鍋を提供しています。

 

往年の名横綱たちが食べていた同じ味のちゃんこ鍋を

味わうことができるのは感無量です。

 

実際に部屋でちゃんこ番を務めた引退力士だからこそ、

再現できる味です。

 

ちゃんこ鍋はじつに有用性の高い料理なのです。

 

ちゃんこ鍋の合理性

横綱北の富士が亡くなりました。

ご冥福をお祈りいたします。

 

北の富士は名師匠としても優れた指導力を発揮し、

千代の富士北勝海という二人の横綱を育てました。

 

じつは三人に共通していることがあります。

三人とも北海道の出身だということです。

 

昔は北海道出身と青森県出身の力士が多くいました。

大鵬や初代若乃花北の湖がそうです。

 

その理由は定かではありませんが、北海道や青森県

地域的に相撲が盛んなことがあるのかもしれません。

 

しかし、貧しさに負けない強い精神風土があったことが

大きな理由として考えられます。

 

親方が地方に出向いて有望な人材を見つけたとき

入門を勧誘するときの決め台詞はこうです。

 

「腹いっぱい飯が食えるぞ。」

 

昔はその一言で入門を決意する若者がいました。

誰もがお腹を空かせていた時代だったのです。

 

今は「ハングリー精神」という言葉は聞かなくなりました。

死にもの狂いで頑張らなくても生きていける時代です。

 

モンゴル出身の力士が相撲界で大活躍しているのも

そうした時代背景があるのかもしれません。

 

入門した新弟子が最初に任されるのが「ちゃんこ番」です。

相撲部屋の食事の支度をする役目のことです。

 

稽古に支障がないように当番制になっていますが、

幕内に昇進しない限り、ちゃんこ番は続きます。

 

横綱だった千代の富士も、初めはちゃんこ番を務めました。

実家が漁師ですから、魚をさばくのは上手だったそうです。

 

その手つきが、獲物を捕らえる狼のように見えたので、

ウルフというあだ名がついたと伝えられています。

 

もちろん相撲の取り口も、まるで狼のように鋭く速く力強く、

自分より体の大きい相手をものともしませんでした。

 

まさにハングリー精神のかたまりのような力士でした。

体が小さくても戦えることを証明してみせました。

 

ところで、ちゃんこ鍋には厳格な決まりがあります。

番付が上位の力士から順に食べるということです。

 

上位の力士が食べ終わるまで、下位の力士は給仕しながら

じっと待っていなければなりません。

 

ようやく順番が回ってくる頃には、ほとんど食べ尽くされて

ちゃんこ鍋の底に汁しか残っていません。

 

ちょっとかわいそうな気もしますが、じつは合理的なやり方です。

早く食べたければ強くなればよいのです。

 

単純明快な考え方ですが、力士のハングリー精神を育むことも

ちゃんこ鍋の目的の一つなのです。

 

ちなみに、相撲界には古くからの言い伝えがあります。

「ちゃんこ鍋を上手に作る力士は出世しない」と。

 

逆にいうと、出世しないからこそ長くちゃんこ番を務め、

その結果、作り方が上手になるとも考えられます。

 

相撲の世界は何とも合理的です。

 

パンにまつわるイタリアのことわざ

イタリアにはパンにまつわることわざが多くあります。

たとえば、こんなことわざです。

 

「歯のある者にはパンがなく、パンのある者には歯がない。」

とかくこの世はままならないという意味です。

 

「苦労のないパンはない」というのもあります。

人生の真理を示す重厚なことわざです。

 

イタリア語でパンは「パーネ」、苦労は「ペーナ」といいます。

つまり「ペーナのないパーネはない」ということです。

 

じつは、語呂合わせの駄洒落にもなっています。

いかにもイタリア人らしいセンスがあります。

 

「人はパンのみにて生きるにあらず」は有名です。

ことわざというより新約聖書の中の言葉です。

 

イタリア語に限らず、たいていのヨーロッパ言語には

同様のことわざがあります。

 

しかし、その後に続く言葉はイタリアにしかありません。

「チーズもワインも、できればデザートも必要である。」

 

いかにもイタリア人らしいセンスがあります。

 

「パンとクルミは嫁の食べもの」というのもあります。

何となく「秋ナスは嫁に食わすな」に似ています。

 

嫁にはパンとクルミだけ与えておけばよい。

チーズもワインも、ましてやデザートも要らない。

 

そういう意味にも解釈できます。

 

「小麦粉がなければパンはできない」というのもあります。

無から有は生じないという意味です。

 

「ないものを得るように努力しよう」というよりは、

「なければないで何とかなる」に近いかもしれません。

 

楽観的な思考ができるのはイタリア人の特徴です。

いかにもイタリア人らしいセンスがあります。

 

一方、フランスにはこういうことわざがあります。

「卵を割らなければオムレツはできない。」

 

似ているようで少し違います。何かを成し遂げるには、

それ相応の行動が必要であるという意味です。

 

フランス人の前向きな姿勢を表しています。

イタリア人との国民性の違いが感じられます。

 

もちろんどちらも愛すべき国民性ですが。

 

秋ナスはなぜ嫁に食わせないのか

「秋ナスは嫁に食わすな」という表現があります。

昔からよく物議を醸してきました。

 

嫁いびりの言葉なのか、それとも嫁を思い遣る言葉なのか、

解釈が分かれているからです。

 

似ている表現に「秋サバは嫁に食わすな」があります。

やはり解釈が分かれるところです。

 

昭和時代のテレビドラマならば、明らかに前者でしょう。

嫁と姑の確執は、視聴者の共感を得やすいテーマです。

 

秋ナスも秋サバもたいへん美味しい旬の食材ですから、

意地悪なお姑さんの気持ちもわからなくありません。

 

しかし、美味しくて食べ過ぎるとお腹を壊してしまいます。

とくに秋ナスは体を冷やすといいます。

 

そこで心優しいお姑さんがお嫁さんの体を気遣い、

食べさせないように配慮したとも考えられます。

 

じつは「嫁」は、「ネズミ」のことを指すという説があります。

 

ネズミは夜に活動する動物なので「夜目」と呼ばれ、

それが間違って「嫁」になってしまったという説です。

 

昔の人にとってネズミはたいへん厄介な害獣です。

畑を荒らし、大切な農作物を食べてしまいます。

 

ネズミという言葉を使うと不吉なことを連想します。

縁起が悪いので、ネズミを「夜目」に言い換えました。

 

いわゆる忌詞(いみことば)の一つです。

「スルメ」を「アタリメ」というのと同じです。

 

「秋ナスを嫁に食わすな」の本当の意味は、

「美味しいものをネズミに食われるな」です。

 

そんなテレビドラマはないだろうと思ったら、

アメリカのテレビアニメにありました。

 

トムとジェリー」です。

 

食べてよいナス悪いナス

ナス科の植物はアメリカ大陸に多く分布しています。

人間にとって有用な野菜が多いのが特徴です。

 

ナス、トマト、ジャガイモ、ピーマン、トウガラシなどは

すべてナス科の植物です。

 

コロンブス以降、アメリカ大陸からヨーロッパに伝わり、

全世界に広まっていった野菜たちです。

 

おかげで世界中の食文化が豊かになりましたが、

ナス科の植物の中には有害なものもあります。

 

たとえばタバコがそうです。

有害なニコチンを含んでいます。

 

タバコは、もともとアメリカ大陸の先住民たちが、

害虫や害獣を駆除するために利用していました。

 

とくにガラガラヘビはタバコの煙を嫌うそうです。

住居を煙でいぶすことで侵入を防ぐことができます。

 

しかし、タバコの煙を直接吸うようになりました。

それによって多くの人命が奪われました。

 

人間にとって好ましくないナス科の植物です。

 

チョウセンアサガオも有毒植物です。

アルカノイドという毒性を含んでいます。

 

誤って食べてしまうと、極度の興奮状態になり、

精神攪乱を引き起こす危険性があります。

 

しかし、古くから鎮痙の薬草として使われてきました。

華岡青洲が麻酔薬を作った植物としても知られています。

 

花も美しく、観賞用として親しまれています。

トランペットエンジェルは近種の花です。

 

食用としない限り中毒を起こすことはないのですが、

じつはナス科特有の問題があります。

 

ナスは連作障害を起こしやすい作物です。

何年も同じ畑で栽培することができません。

 

少なくとも3年以上ナス科の植物を栽培していない畑に

ナスを植えなければならないのです。

 

そこで効率よく収穫するために「接ぎ木」をします。

すでに植えてあるナス科の植物を利用するのです。

 

ナス科の植物を「台木」としてナスを接ぎ木します。

すると成長してナスがたわわに実ります。

 

ナス科の植物であればナスを接ぎ木できるので、

チョウセンアサガオでもナスを収穫できます。

 

ところが、チョウセンアサガオにナスを接ぎ木すると

ナスが有毒化します。

 

実際に、そうしたナスを食べて極度の中毒症状を

引き起こした事例がいくつか報告されています。

 

美味しそうなナスに見えても外見では判断できません。

食べてよいナスと悪いナスがあるのです。