江戸時代に「三鳥二魚」と呼ばれる五大珍味がありました。
三鳥とはツルとバンとヒバリ、二魚とはタイとアンコウです。
水戸藩から皇室に献上されていたそうです。
また、昔から鍋料理は「東のアンコウ、西のフグ」と言われます。
フグと並び称されるほどですから、アンコウの価値がうかがえます。
アンコウの身で最も旨みが濃厚なのは何と言っても肝臓です。
いわゆる「あん肝」と呼ばれる部位です。
どの魚にも肝はありますが、あまり珍重されることはありません。
肝が旨いとされるのは、アンコウとカワハギくらいです。
旨い理由は、肝の脂肪分にあります。
他の魚の場合、肝の脂肪分はわずか数パーセントに過ぎません。
そのため食感がパサパサして美味しくありません。
ところが、あん肝の脂肪分は何と40パーセントもあります。
カワハギでさえ15パーセント程度ですから驚異的です。
アンコウは、回遊魚のように活発に泳ぎ回ることがありません。
海底にじっとしているので脂肪分が蓄積されやすいのでしょう。
しかし、そのおかげでクリーミーな奥深い味わいが楽しめます。
その美味しさは「海のフォアグラ」とも称されています。
むしろ、あん肝の方がフォアグラより美味しいとも言われますが、
果たして本当でしょうか。
フォアグラはガチョウやアヒルの肝臓です。
キャヴィア、トリュフと並んで世界三大珍味と言われています。
ヨーロッパ、とくにフランスで国民的に愛されている食材です。
世界のフォアグラの四分の三はフランスで消費されています。
フォアグラの脂肪分は60パーセントを超えていますから、
あん肝をはるかに凌いでいます。
濃厚でありながら上品な味わいがフォアグラの魅力です。
フランス料理に欠かすことができない食材です。
しかし、なぜそれほどまでに脂肪分が高いのでしょうか。
それは、フランスの「ガヴァージュ」という飼育方法によるものです。
日本語に訳すと「強制給餌」という意味です。
ガチョウやアヒルの口に無理やり大きな漏斗を突っ込み、
窒息しない程度に大量のエサを食べさせる飼育方法です。
やがて腹部が極端に肥大して歩けなくなるほど太ると食べ頃です。
絞められて、通常の何倍もの大きさの肝臓が取り出されます。
何とも残酷な話ですが、何百年も前から続く伝統的な飼育方法です。
近年は動物愛護の観点からガヴァージュを疑問視する声が上がっています。
動物に苦痛を与えて食用にすることが許されるのかという意見です。
しかし、飼育農家の反論もあります。
食べたいだけ食べさせることは苦痛を与えることではないという意見です。
難しい論争ですが、今も決着はついていません。
その点、アンコウは海底で自由気ままに獲物を食べています。
貪欲に何でも食べますが、無理やり食べさせられることはありません。
自然の環境で育ったアンコウの肝は生きもの本来の味がします。
恣意的に飼育された人為的な味ではありません。
あん肝とフォアグラのどちらの方が美味しいか簡単に決められませんが、
少なくとも、あん肝に自然の滋味があることは確かです。