おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしいことばを探してみましょう。

三鳥二魚は江戸時代の珍味

日本人は昔から「三大」が大好きです。

 

たとえば、三大和牛といえば「神戸牛」「松坂牛」「近江牛」です。

三大地鶏といえば「比内鶏」「薩摩地鶏」「名古屋コーチン」です。

 

三大蕎麦といえば「戸隠蕎麦」「出雲蕎麦」「わんこそば」です。

三大ラーメンといえば「札幌」「博多」「喜多方」です。

 

そして、三大珍味といえば「カラスミ」「コノワタ」「ウニ」です。

江戸時代にはすでに確立していました。

 

カラスミは、ボラの卵を塩漬けにして乾燥させたものです。

江戸時代に清から伝わり、長崎名物となっています。

 

コノワタは、ナマコの腸(はらわた)の塩辛です。

寒い季節のものが極上とされています。

 

ウニは、生殖巣を塩漬けにして熟成させた塩ウニです。

昔から「越前雲丹」が知られています。

 

日本三大珍味とは別に「三鳥二魚」という珍味もあります。

これも江戸時代にはすでに確立していました。

 

三鳥とは「ツル」「ヒバリ」「バン」のことであり、

二魚とは「タイ」「アンコウ」のことです。

 

三鳥のうち、ツルは料理の文献にもしばしば紹介されるほど、

たいへん美味だったと伝えられています。

 

日本に飛来する冬の時期に各地で捕獲されて、

皇室や将軍家にも献上されました。

 

たしかに、ナベヅルという種がありますから、

鍋料理に適していたのかもしれません。

 

また、マナヅルという種もありますが、

マナは、まな板の「まな」と同じ語源です。

 

漢字で「真魚」と表記しますが、魚のことだけでなく、

広く食材全般のことを意味します。

 

つまり、マナヅルとは食用のツルのことであり、

古くから狩猟の対象になっていました。

 

しかし、現在では鳥獣保護法によって捕獲が禁止され、

食用にすることはできません。

 

ヒバリやバンも捕獲が禁止されている点は同じですが、

ツルほど珍重されていたかどうかは疑問です。

 

というのは、ヒバリもバンも料理の文献にないからです。

どのように料理されていたのか、詳しくわかっていません。

 

一説によると、三鳥は「ツル」「ヒバリ」「バン」ではなく、

「ツル」「キジ」「ガン」ではなかったかともいわれています。

 

キジとガンは、ヒバリやバンほど珍しい食材ではありませんが、

美味しい食材であることは間違いありません。

 

三鳥に対して、二魚の方は異説がありません。

タイとアンコウに定まっています。

 

タイは、今でこそ養殖が普及して入手しやすくなりましたが、

昔から高級食材として扱われています。

 

桜色に輝く美しい魚体と、「めでたい」に通じる名称から

慶事には欠かせない食材として親しまれてきました。

 

アンコウは、残念ながらタイほど美しくありません。

どちらかというとグロテスクな姿をしています。

 

しかし、美味しさという点ではタイに負けていません。

とくに冬の「アンコウ鍋」は絶品です。

 

昔はアンコウを生きたまま江戸に運ぶために、

巨大な生け簀ごと船で曳いてきたそうです。

 

それを「吊るし切り」にしてさばきます。

骨以外は全てアンコウ鍋の材料になります。

 

ところで、日本人は「三大」が大好きなはずですが、

なぜ「三魚」ではなく、「二魚」なのでしょうか。

 

あくまで個人的な推察ですが、本当は「二魚」ではなく、

フグが加わって「三魚」だったのではないでしょうか。

 

フグは「東のアンコウ、西のフグ」と並び称されるほど、

美味しい食材です。

 

「てっちり」や「てっさ」といったフグ料理も人気が高く、

「三魚」に加わっても全くおかしくありません。

 

それにも関わらず、フグが加えられなかった理由は、

フグが毒を持つからであると考えられます。

 

江戸時代は武家社会ですから、武士がフグを食べることは、

固く禁じられていました。

 

主君のために戦で討ち死にするのは武士にとって名誉ですが、

フグを食べて命を落とすのは全く不名誉なことです。

 

そのため徳川幕府では、フグの毒で武士が亡くなった場合は、

家名断絶の厳しい処置が取られていました。

 

ようやくフグが解禁されたのは明治時代になってからです。

英断を下したのは、伊藤博文公です。

 

下関で食べたフグがあまりに美味しかったために、

山口県に限ってフグを解禁しました。

 

それがやがて全国にも広まっていきました。

おかげで今ではフグを楽しむことができます。

 

そろそろ三鳥三魚に改めてもよいのではないしょうか。