「港の見えるレストラン」の主人公は、港町に住むミシェル・ミシュランというおじいさんです。けちんぼうでがんこで気むずかしいお金持ちの老人ですが、ある日、港の見えるレストランで食べた「わすれ実」のシャーベットがきっかけで、記憶をなくしてしまいます。ミシェルじいさんの屋敷に忍び込んだ三人のどろぼうたちが、ミシェルじいさんに同情して記憶を取り戻すために大活躍しますが、記憶は簡単には戻りません。失望しているミシェルじいさんのもとに、一人の女性が現れてクリスマスの奇跡が起きます。その女性とはいったい誰なのでしょうか。そしてどのような奇跡が起きるのでしょうか。
お気づきかと思いますが、ミシュランという名前は、星の数でレストランを格付けするあの有名なミシュランガイドから名づけました。また、ミシェルじいさんのモデルになったのは、チャールズ・ディケンズの名作「クリスマス・キャロル」に登場するスクルージじいさんです。けちんぼうでがんこで気むずかしいお金持ちの老人であるところは共通していますが、異なる点は、スクルージじいさんがお金にしか興味がないのに対して、ミシェルじいさんは美食にしか興味がないことです。ただし、クリスマスの奇跡によって最後は善人に生まれ変わるところは二人とも同じです。
ちなみに、港の見えるレストランのシェフとして登場するジョエルは、世界で最も多くのミシュランの星を持ち、フランス料理界の至宝と称されたジョエル・ロブション氏から着想を得ました。また、三人のどろぼうたちの名前、ポワロ、ラーヴ、カロットは、それぞれフランス語で長ネギ、カブ、ニンジンを意味します。
この物語のほとんどの部分はキッチンで書き上げられました。キッチンの調理器具に囲まれていると料理のアイディアが次々と浮かんでくるように、物語のアイディアが次々と湧いてくるからです。真夜中にパスタをゆでながら、早朝にコーヒーをわかしながら、一日かけてポトフを煮込みながら、美味しい料理ができるように物語が生まれました。ですから料理を味わうように読んでいただければ幸いです。
じつは「港の見えるレストラン」を執筆したのは1990年の12月です。同年に亡くなられたフランス料理界の巨匠、レイモン・オリヴィエ氏に捧げるために、フランス料理のレストランを舞台にした物語を書くことを思いつきました。オリヴィエ氏が心から愛した古典的なフランス料理と同様に、多くの人々に親しまれる物語であることを望みます。