
私が子どもの頃、お盆になると川で遊ぶことが
禁じられました。
私は東北の生まれですが、東北の夏は短く、
お盆の頃にはもう川の水温が下がり始めます。
水難事故を防ぐために、昔から受け継がれてきた
先人の知恵なのかもしれません。
エッセイにも同じような話が載っていました。
矢口氏は秋田県のご出身ですが、お盆を過ぎると、
やはり川で泳ぐことが禁じられたそうです。
川遊びが許される最後の日を「七回浴び」と呼び、
名残を惜しんで七回も泳いだと懐述しています。
しかし、お盆に川や海で遊んではいけないという
言い伝えが残るのは東北ばかりではありません。
古くから日本全国に伝わっています。その理由は、
水温が下がることだけではなさそうです。
じつは、川や海などの水辺は、この世とあの世を結ぶ
結界であると昔から考えられてきました。
たとえば、「三途の川」がその典型的な例です。
あの世に通じる入口になっているのです。
また、お盆の行事である「灯篭流し」も、川や海に
ご先祖の霊を返すために行われます。
ご先祖の霊が里帰りするお盆の時期は、結界が緩み、
この世とあの世が行き来しやすくなっています。
子どもたちが水辺で遊んでいると、知らないうちに
あの世に引き込まれてしまうかもしれません。
昔の人々はそれを経験的によく知っていました。
そのためお盆に水辺で遊ぶことを禁じました。
しかし、子どもたちにとって川遊びは楽しいものです。
子どもだけに許される特権のようなものです。
繰り返し描かれています。
風の又三郎は、風の妖精のような存在でもあり、
普通に実在する子どもでもあります。
ある日、村の小学校に風のように転校してきます。
そして風のように転校していってしまいます。
川遊びを通して、村の子どもたちは風の又三郎と
交流を深めていきます。
ところが、村の子どもたちは風の又三郎をからかい、
仲間に入れることを拒否してしまいます。
その翌日、風の又三郎は忽然と姿を消してしまいます。
まるでお盆に里帰りしたご先祖の霊のように。
宮沢賢治が、異界と現実世界を結ぶ結界として、
川遊びの場面を設定したのかどうかわかりません。
しかし、風の又三郎は異界からやって来た子であり、
現実世界の子どもと仲間になりたかったのではないか。
そう考えると、物語の展開がたいへんよくわかります。
風の又三郎が不朽の名作である所以です。