フランスパンのことをフランス語で「パン・フランセ」といいますが、
一般にはフランス本国以外のフランス語圏で使われる名称です。
フランスの人々はフランスパンのことをパン・フランセとは呼びません。
わざわざフランス国内で「フランスの」という必要はありません。
では、何と呼んでいるのでしょうか。
棒状のフランスパンは「パン・トラディショネル」といいます。
「伝統的なパン」という意味です。
「バゲット」や「バタール」や「パリジャン」のことです。
バゲットとは「杖」や「棒」を意味します。
最もよく知られているフランスパンです。
フランスの食文化の中でも特別な地位にあります。
パリジャンはバゲットよりかなり大きめのパンです。
「パリっ子」という意味ですから、パリで愛されているのでしょう。
バタールは「中間の」という意味です。
文字通り、バゲットとパリジャンの中間の大きさです。
それら以外のフランスパンは、「パン・ファンテジー」といいます。
直訳すると「気まぐれパン」です。
形も大きさもさまざまなパンがあります。
気まぐれというだけにじつに多彩です。
シャンピニョンは、マッシュルームの形をしています。
エピは、麦の穂の形をしています。
ブールは、半球形のパンです。
英語のボールのことです。
パン職人のことをフランス語で「ブーランジェ」といいますが、
ブールがその語源になっているともいわれています。
ですから、もともとフランスパンは球形だったと考えられます。
棒状のフランスパンが登場したのは、近代になってからです。
フランスでは19世紀に都市化が進み、パンの需要が増しました。
労働者向けのサンドウィッチも普及しました。
サンドウィッチには丸いパンよりも棒状のパンが適しています。
同じ大きさに切りそろえることができるからです。
そのため棒状のパン、とくにバゲットが焼かれるようになりました。
そして、フランスの伝統のパンになりました。
日本人が炊き立てのご飯をこよなく愛するのと同じように、
フランス人は焼き立てのフランスパンをこよなく愛しています。
江戸っ子が宵越しのお金を持たないのと同じように
パリっ子は宵越しのフランスパンを食べません。
朝食のために、わざわざ朝からパン屋さんに出かけて買い求めます。
もちろんフランスのパン屋さんは朝早くから開いています。
買ったばかりのフランスパンの端っこをさっそくかじる人を見かけます。
端っこをかじると、焼き立てのパンの香ばしさがよくわかります。
しかしフランスでは、フランスパンの端っこを食べるのは、
テーブルマナーに反する行為と見なされています。
一緒に食事をする人たちの前で、端っこに手を出すことは、
最も美味しいところを横取りすることになるからです。
端っこのことをフランス語で「キニョン」といいます。
フランスパンの端っこ以外に使わない専門用語です。
立派な専門用語が名づけられているくらいですから、
フランスパンの端っこは憧れの存在なのです。