
パリにある「トゥール・ダルジャン」は、1582年に創業した
フランス最古のレストランです。
1582年は日本の歴史でいうと「本能寺の変」があった年です。
いかに古いレストランなのかわかります。
「トゥール・ダルジャン」は「トゥール・ド・アルジャン」を
つなげて発音したフランス語独特の呼称です。
フランス語で「銀の塔」を意味しますが、実際に銀の塔に
レストランがあるわけではありません。
創業当初のレストランの外壁に、銀色に輝く雲母が含まれて
いたことが命名の由来です。
トゥール・ダルジャンの名物は、何といっても鴨料理です。
料理された鴨に番号をつける慣わしが古くからあります。
来店客には「あなたの鴨は何番目です」と記されたカードが
料理に添えて贈られます。
2003年には、開店以来料理された鴨の数がついに
百万羽を突破しました。
その比類のない至高の鴨料理を求めて、多くの著名人が
トゥール・ダルジャンに足を運びました。
昭和天皇も、皇太子時代を含めて二度にわたって
来店されたことがあります。
陛下が召し上がった当時のメニューは、現在も記録が
残されています。
また、美食家として知られた北大路魯山人は1954年に
渡欧した際にトゥール・ダルジャンを訪れています。
しかし、鴨をカリカリに焼くトゥール・ダルジャン流の
料理方法を好まず、半生の鴨をテーブルに運ばせました。
そして、持参した粉ワサビを水で練って半生の鴨に添え、
そのような出来事は、トゥール・ダルジャン史上例のない
珍事だったのではないでしょうか。
トゥール・ダルジャンは名物の鴨料理もさることながら、
膨大なワインのコレクションでも知られています。
店の地下にある広大なカーヴ(ワイン貯蔵庫)には、
数十万本ものワインが所蔵されています。
その銘柄は15,000に上り、ワインのリストだけでも
400ページに及ぶといいます。
まるで博物館のようですが、実際に来店客が望めば、
食後にカーヴの見学ができるそうです。
地下に貯蔵庫を備える理由は、ワインの品質を
安定的に保つためです。
年間を通して温度と湿度が一定に保たれ、
光と振動が少ない理想的な環境です。
しかし、ワインの品質管理という目的の他にも、
盗難と略奪を防ぐ役目があります。
まさにトゥール・ダルジャンのカーヴは戦時中に
その役目を果たしました。
第二次世界大戦が勃発すると、ドイツ軍は諸国を
次々と占領してフランスに侵攻しました。
1940年についにパリが陥落してドイツ軍が入城し、
パリの市内全域を占拠します。
主要な建物はドイツ軍に接収されてしまいましたが、
トゥール・ダルジャンも例外ではありません。
ドイツ軍参謀本部に店を奪われ、貴重なワインの
コレクションが略奪の危機にさらされます。
ところが、あらかじめトゥール・ダルジャンでは、
ドイツ軍の接収に備えて秘策が講じられていました。
それは、カーヴの奥半分をセメントで固めてふさぎ、
貴重なワインのコレクションを隠すという秘策です。
カーヴの奥には希少なワインや高価なワインを隠し、
手前には奪われてもよいワインを置きました。
これにはドイツ軍もすっかりだまされてしまいました。
まさか奥にワインが隠されているとは夢にも思いません。
結局、パリが解放されて戦争が終結するまで、
奥のワインが見つかることはありませんでした。
トゥール・ダルジャンのカーヴは、ヒトラーから
ワインを守った英雄として語り継がれています。
もしカーヴを全部セメントでふさいでしまったら、
さすがにドイツ軍もおかしいと思うでしょう。
半分だけワインをドイツ軍に差し出したことが、
結果として大きな恩恵を生み出しました。
それは「天使の分け前」という発想ではないかと
私は考えます。
「天使の分け前」とはワインを樽で熟成させるときに、
蒸発して少なくなる分量のことです。
長期間寝かせるとワインの量は減りますが、その分、
ワインの熟成度は格段に向上します。
ワインを美味しくしてくれた天使に対して、分け前を
与えるのは当然と昔のワイン職人は考えました。
トゥール・ダルジャンの場合、貴重なワインを守るために、
「ドイツ軍の分け前」を与えたのかもしれません。