おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

お粥と雑炊の違い

雑炊は野菜や魚介類などと一緒にお米を柔らかく炊いた料理です。

 

一般には鍋料理の最後にご飯を入れて仕上げるものと思われていますが、

それだけが雑炊ではありません。

きちんと出汁を取ってお米からじっくり炊き上げる雑炊もあります。

 

雑炊は「増水」が語源であるという説があります。

水を増やしてご飯を炊く調理方法はお粥とよく似ています。

 

ではお粥と雑炊の違いは何でしょうか。

 

お粥はご飯そのもののおいしさを味わう料理であり、

雑炊はご飯と具材の混然としたおいしさを味わう料理といわれています。

しかし明確な違いがあるわけではありません。

 

例えば中華粥のように具だくさんのお粥もあります。

逆に玉子雑炊のように簡素な雑炊もあります。

おいしければ名前はあまり関係ないようです。

 

雑炊は「おじや」ともいいます。

名前の由来は炊くときの音が「じやじや」と聞こえるからだそうです。

 

雑炊とおじやは別の料理だという説もありますが

これもまたはっきりしていません。

 

私は子どもの頃よく風邪をひいたときにおじやを作ってもらいました。

玉子が入った味噌風味のおじやでした。

 

そのため私はずっと玉子が入った味噌風味のものがおじやで

お米と塩だけのいわゆる白粥がお粥だと思っていました。

 

各家庭ごとに色々なお粥や雑炊やおじやがあってよいのではないでしょうか。

 

お粥さん

お粥のことを関西ではお粥さんと呼びます。

発音は「おかゆさん」よりも「おかいさん」に近いようです。

 

さん付けで呼ばれるのはお稲荷さんと同じように

庶民的に親しまれているからです。

 

お粥さんは消化によく体も温まります。

 

風邪のときや胃腸が弱っているときばかりではありません。

朝食の定番として広く食べられています。

 

禅宗でも朝ご飯のことを粥座(しゅくざ)といいます。

修行の一環として作法に則りお粥さんをいただきます。

 

むしろ歴史的にいえば白米のご飯を食べるよりも

お粥さんの方が一般的だったのではないでしょうか。

 

米が貴重だった時代、日常的に白米のご飯を食べるのは

ごく一部の限られた身分の人々です。

 

多くの庶民は水を多くしてご飯を柔らかく炊いていました。

お粥さんにすることによって量が増えるからです。

 

ヒエやアワなどの雑穀や豆やイモやダイコンや菜っ葉を加えて

とにかくお腹いっぱい食べることを工夫していました。

 

芥川龍之介の小説に「芋粥」という作品があります。

平安時代の下級役人が飽きるほど芋粥を食べたいと願う話です。

 

お粥さんに芋を入れるだけの単純な料理であっても

昔の人々にとってはご馳走だったのです。

 

さん付けしたくなる気持ちもたいへんよくわかります。

 

お稲荷さん

お稲荷さんとは稲荷寿司のことです。

甘辛く煮た油揚げの中に寿司飯を詰めたお寿司の一種です。

 

さん付けで呼ばれるのはそれだけ親しまれているということですが、

どうしてお稲荷さんと呼ばれるようになったのでしょうか。

 

お稲荷さんの名前は稲荷神に由来します。

 

稲荷神はもともと五穀豊穣の神様です。

「いなり」とは稲が生ることを意味します。

 

そしてその稲荷神の使いがキツネです。

 

キツネは穀物を食い荒らすネズミを退治してくれるので

いつしか稲荷神の使いという地位を与えられるようになりました。

 

またキツネの尻尾が稲穂に似ていることから稲荷神の象徴になった

という説もあります。

 

油揚げがキツネの好物とされているために稲荷寿司と名づけられたようです。

地方によってはキツネ寿司やコンコン寿司という名前もあるそうです。

 

東日本では円筒型のお稲荷さんが多く見られますが、

これは米俵の形を模したものといわれています。

 

西日本では三角形のお稲荷さんが多く見られますが、

これはキツネの耳を模したものといわれています。

 

どちらも稲荷神への信仰から作られたものです。

お稲荷さんには五穀豊穣の願いが込められています。

 

ミョウガの宿

落語に「ミョウガの宿」という演題があります。

こんな話です。

 

あるところに欲の深い夫婦が営む旅籠がありました。

部屋は汚く飯も不味いので泊まる客はめったにありませんでした。

 

あるとき身なりのよい旅人が一夜泊まることになりました。

見ると大きな荷物を抱えています。

 

きっとたくさんのお金が入っているにちがいありません。

旅人が荷物を置き忘れてくれたらいいと夫婦は思いました。

 

そこで欲深い夫婦は悪いことを企みました。

それは旅人にミョウガを食べさせることです。

 

ミョウガを食べると物を忘れるといいます。

たくさん食べさせて荷物を忘れさせようとしたのです。

 

ミョウガなら宿の裏にいくらでも生えています。

元値もほとんどかかりません。

 

その日の夕飯はミョウガ尽くしの料理でした。

 

ミョウガご飯、ミョウガの吸い物、ミョウガの天婦羅、ミョウガの田楽、

ミョウガの甘酢和え、ミョウガのお浸し、ミョウガの浅漬け、などなど。

 

ミョウガは旅の疲れをいやします。

どうぞたくさんお召し上がりください。

 

旅人は大喜びでした。

こんな珍しい料理は食べたことがありません。

 

翌朝旅人は満足して旅立っていきました。

 

さて部屋に忘れ物はないかと夫婦は探しました。

ところが何も見当たりません。

 

おかしいな。忘れ物がない。

いや、あった。大切なものを忘れていった。

何を。

宿賃の支払いを忘れていった。

 

夫婦はがっかりしてしまいました。

欲張りは損をするという噺でした。

 

落語はここで終わりますが後日談もあります。

 

その後この旅籠は「ミョウガの宿」として知られるようになり

多くの泊まり客で賑わいましたとさ。

 

ミョウガを食べると物忘れするのは本当か

昔からミョウガを食べると物を忘れるという言い伝えがあります。

本当なのでしょうか。

 

ミョウガには記憶力を低下させるような成分は含まれていません。

科学的な根拠のない言い伝えです。

迷信と言ってよいでしょう。

 

ではなぜこのような言い伝えが生まれたのでしょうか。

私が聞いた由来はお釈迦さまのお弟子さんの話です。

 

お釈迦さまの弟子の一人に極めて物覚えの悪い人がいたそうです。

名前を周利槃特(しゅりはんどく)といいます。

 

自分の名前さえ忘れてしまうのでいつも首に名札をかけていました。

もちろん経文も全く覚えられません。

それでも一生懸命に修行を積んで立派な仏弟子になりました。

 

お釈迦さまの教えは聡明であっても愚鈍であっても関係ありません。

物覚えが悪くても精進すれば誰でも悟りを開くことができます。

このお弟子さんはそれを実証しました。

 

彼が亡くなって埋葬されたお墓に見慣れない草が生えてきました。

それがミョウガです。

 

ミョウガは漢字で「茗荷」と書きます。

名を担うという意味です。

首に名札をかけていた周利槃特に因んでいます。

 

そのためにミョウガを食べると物忘れすると言い伝えられたようです。

 

ミョウガの由来

ミョウガはショウガとともに中国大陸から日本に伝わりました。

 

香りの強いショウガが「兄の香(せのか)」と名づけられたのに対して

香りの穏やかなミョウガは「妹の科(めのか)」と名づけられました。

 

いつしか「せのか」がショウガと呼ばれるようになり、

「めのか」がミョウガに呼ばれるようになりました。

 

じつはミョウガは日本原産ではないかと考えられた時期もありました。

ほぼ日本でしか食用とされていないからです。

 

しかし人が住む地域以外に自生する種が見つからないことから

人の手によって植えられたものが広がったというのが定説です。

 

ミョウガは地中の地下茎が伸びて広がります。

栽培に手がかからないので畑の隅に植えておけば勝手に育ちます。

 

食用とするのは「花ミョウガ」と呼ばれるいわば蕾の部分です。

香辛野菜として香りと味と色と食感を楽しみます。

 

露地物のミョウガは主に奈良県で生産されていますが、

ハウス栽培は高知県が最も盛んです。

全国の市場に流通するミョウガのほとんどは高知県産です。

 

高知県はショウガの生産もまた盛んです。

兄妹揃って高知県で育てられています。

 

兄妹とは古代の日本語では夫婦のことを意味します。

じつはショウガとミョウガは仲睦まじい夫婦なのです。

 

玉子豆腐

玉子豆腐は豆腐ではありません。

溶き卵に出汁を加えて蒸して固めた料理です。

 

調理法としては茶碗蒸しと変わりませんが、

茶碗蒸しが熱々をいただく料理であるのに対して

玉子豆腐はよく冷やしていただきます。

 

また茶碗蒸しには具を入れたり吸口に三つ葉を添えるのに対して

玉子豆腐は純粋に卵と出汁の味を楽しむ料理です。

 

そのため滑らかな口当たりが玉子豆腐の神髄です。

玉子豆腐を滑らかに作るためには加熱する温度が肝心です。

 

決して強火で急激に熱を加えてはいけません。

「す」が入ってしまって舌触りが悪くなるからです。

 

ゆっくりと加熱して火を通し過ぎないように注意します。

蒸し器のフタをずらして余分な熱を逃がすのがコツです。

 

全体に熱が行き渡る直前に火を止めて余熱で蒸し上げます。

粗熱を取ってから冷蔵庫でよく冷やしていただきます。

 

つるりとした食感は至福の味わいです。

 

卵のタンパク質が熱で固まる性質を利用するという点では

カスタードプリンも同じ原理です。

 

出汁の代わりに牛乳や砂糖やバニラビーンズを使うと

カスタードプリンになります。

 

プリンは英語のプディングに由来します。

 

イギリスにはカスタードプディングの他にも様々なプディングがあります。

デザートだけでなく蒸した料理のことを意味する場合もあります。

 

プディングが日本に伝わったのは明治時代の初期と考えられています。

当時の日本人の耳にはプディングがプリンと聞こえたようです。

 

もっとも現代の日本人の耳にもそう聞こえますが。