おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

伽羅蕗の伽羅とは何か

フキ料理の定番に「伽羅(きゃら)蕗」があります。

 

醤油で濃く味付けるのでエメラルドグリーンではありません。

文字通り伽羅色、つまり濃い飴色をしています。

 

ところで伽羅とは一体何でしょうか。

 

伽羅は、東南アジア原産の香木の一種です。

たいへんよい香りがするそうです。

 

沈香という種類のうち、最高級品か伽羅です。

国宝級に希少な香木だそうです。

 

もちろん私も見たことはありません。

しかし伽羅蕗は、伽羅に劣らない気品ある料理です。

 

伽羅蕗には細いフキが向いています。

使うのは山ブキです。

 

アクが強いので、茹で上げた後に水に晒して

半日から一晩ほど置かなければなりません。

 

作り方は簡単ですが、とにかく時間がかかります。

気長に付き合う覚悟が必要です。

 

アク抜きした山ブキを柔らかくなるまで煮ます。

醤油と味醂と砂糖で甘辛く味付けします。

 

水気がなくなるまで弱火でことこと煮込みます。

焦げないように気をつけなければなりません。

 

醤油の色がしっかり染み込んで伽羅色に変わります。

最後に好みで唐辛子や山椒や胡麻を振ります。

 

数日かけて、煮ては冷ますを繰り返すこともあります。

その方が、味が馴染むからです。

 

長時間かけなければ、美味しい伽羅蕗はできません。

しかし、長時間かけるだけの価値ある一品です。

 

伽羅蕗を作るとき、私はいつも考えます。

昔の人はなぜこんなに手の込んだ料理を作ったのかと。

 

もちろん美味しいからには違いありませんが、

それだけではありません。

 

伽羅蕗はかつて保存食でした。

味付けが濃いのはその名残です。

 

昔はもっと塩分が濃かったかもしれません。

常温で保存できるほどだったと思います。

 

フキが採れる季節にたくさん伽羅蕗を煮ておきます。

それを、フキが採れない季節に少しずつ食べます。

 

そして翌年のフキの季節を心待ちにします。

 

昔の人は、季節の順序に逆らうことなく、

季節の恵みを大切に食べてきたのでしょう。

 

今の時代、フキはハウスで栽培されています。

秋には早くも出荷が始まります。

 

フキが秋に採れると聞いたら昔の人は驚くでしょう。

伽羅蕗を作らなくなるかもしれません。

 

フキノトウは春立つ季節の食材であり、

フキは春闌ける季節の食材です。

 

それは、昔も今も変わることではありません。

私はそう考えます。

 

信太巻きの信太とは何か

フキは、和食の素材とたいへん相性のよい野菜です。

湯葉、麩、高野豆腐、厚揚げとよく合います。

 

とくにお揚げを使った「信太巻き」は昔からの定番です。

「信田巻き」とも表記されます。

 

フキをお揚げで巻いて出汁で炊いた料理です。

しみじみとしたフキの個性が生きる一品です。

 

ところで、どうして信太巻きというのでしょうか。

それは「信太の森の白狐」の伝説に由来するからです。

 

信太の森は、現在の大阪府和泉市です。

そこに一匹の白狐が棲んでいました。

 

あるとき、白狐が狩人に追われているところを

安倍保名という男性が助けました。

 

白狐は「葛の葉」という女性に化けました。

そして安倍保名の許にやってきて恋仲になりました。

 

やがて二人は結婚して子どもが生まれました。

その子どもが、陰陽師安倍晴明と伝えられています。

 

しかし、葛の葉の正体が白狐であると知られてしまいます。

葛の葉は夫や子どもと別れて信太の森に帰っていきます。

 

現在も、信太の森には葛葉稲荷神社が祀られています。

安倍晴明ゆかりの神社として信仰されています。

 

お揚げは狐の大好物です。信太の森の白狐にあやかって、

油揚げで巻いた料理を信太巻きと呼ぶようになりました。

 

タケノコやゴボウを巻いた信太巻きもありますが、

フキを巻いた信太巻きは絶品です。

 

ぜひお試しください。

 

フキ料理の美しさ

フキノトウが成長するとフキになります。

今が旬の野菜です。

 

もともと全国に自生する山菜でしたが、

現在は野菜として栽培されています。

 

自生種を「野ブキ」「山ブキ」ともいいます。

 

フキはアクが強く、繊維が多いのが特徴です。

料理する前に下処理しなければなりません。

 

長いフキは1メートルを優に超えます。

まずは鍋に入る大きさに切ります。

 

まな板にフキを乗せて塩を振ります。

両手でごろごろと擦りつけます。

 

これを「板ずり」といいます。

色よく茹で上げ、皮を剥きやすくする作業です。

 

たっぷりの湯に塩がついたままのフキを入れます。

茹で上がったらすぐに冷水に取ります。

 

フキの先端に爪を立てて一気に皮を引きます。

それを何度か繰り返してきれいに皮を剥きます。

 

丁寧に剥かないと、筋が残って舌触りが悪くなります。

手間がかかりますが、大切な作業です。

 

この季節でなければ作れない料理ですから、

美味しいフキのために頑張りましょう。

 

全部剥き終わったら下処理の完成です。

しばらく水に浸けておくとアクも抜けます。

 

フキは鮮やかなエメラルドグリーンをしています。

できればこの色を生かして料理したいです。

 

薄口の出汁で炊き上げた「青煮」は美しい一品です。

フキの色合いと香りと味わいと食感が楽しめます。

 

また、湯葉、麩、高野豆腐、厚揚げとの相性もよく、

一緒に炊き合わせると美味しく仕上がります。

 

フキの煮物は具沢山にしないことがコツです。

組み合わせる素材は一つだけが理想です。

 

主役と脇役がお互いを引き立てます。

もちろん主役はフキです。

 

タケノコご飯の美味しさ

四季を通して、私は炊き込みご飯をよく作りますが、

今の季節は、やはりタケノコご飯です。

 

乳白色のタケノコと醤油に薄く染まったご飯に、

色鮮やかな緑の木の芽が映えます。

 

そしてタケノコの深い風味と心地よい歯応えと

ふくよかなご飯の味わいが調和します。

 

これほど官能的な炊き込みご飯はありません。

この季節でなければ味わえない一品です。

 

タケノコの他に油揚げを入れることがあります。

鶏肉やニンジンやゴボウを入れることもあります。

 

具沢山の炊き込みご飯はたしかに美味しいのですが、

タケノコご飯はタケノコだけに限ります。

 

醤油は薄口にして色を抑えます。

味醂と日本酒を加えて炊きます。

 

炊き上がりの香りは何とも言えません。

芳しさが漂います。

 

椀に持って木の芽を添えます。

その美しさは譬えようもありません。

 

タケノコに心から感謝したい気持ちです。

 

 

タケノコ掘りにはなぜ地下足袋が役に立つのか

タケノコ掘りは楽しいイベントです。

潮干狩りや山菜採りに並ぶ春の楽しみです。

 

しかし、なかなかの重労働です。

スキやクワやスコップなどの重装備が必要です。

 

中でも、地下足袋は欠かせません。

なぜでしょうか。

 

タケノコは成長が早い植物です。

一日に数十センチメートルも伸びることもあります。

 

すでに地上に出ているタケノコは育ち過ぎです。

硬くて食用には向いていません。

 

地表に先端が出るか出ないかのときが頃合です

しかし素人目にはわかりにくいものです。

 

そこで、地下足袋を履いて竹薮を歩くのです。

足の裏に出っ張りを感じたらそれがタケノコです。

 

地表の枯葉をかき分けて、タケノコの周りの土を掘ります。

タケノコを傷つけないように注意しなければなりません。

 

大きいものでは数十センチメートルも掘ります。

胴回りの茶色のつぶつぶが目安です。

 

そこから下は根が張っている部分です。

スコップを指し込んで切り取ります。

 

採れ立てのタケノコは風味も歯応えも抜群です。

重労働に値する味です。

 

タケノコはなぜ米糠で茹でるのか

タケノコは鮮度が命です。

鍋を火にかけてから掘れと言われるほどです。

 

採れ立てのタケノコは生でも食べられますが、

時間が経つにつれてえぐ味が出てきます。

 

料理の前に下茹でしなければなりません。

 

タケノコの皮に切り込みを入れて皮ごと茹でます。

一緒に米糠と鷹の爪を入れます。

 

なぜでしょうか。

 

米糠を入れるのはアクを抜くためだけではありません。

タケノコの風味を増す効果もあります。

 

また、鷹の爪にはカプサイシンが含まれます。

タケノコのえぐ味と雑味を取ってくれます。

 

米糠を入れると吹きこぼれやすくなります。

注意しながら一時間ほど茹で上げます。

 

タケノコに竹串がすっと入ったら茹で上がりです。

火を止めて茹で汁に浸けたまま冷まします。

 

冷めたら皮を剥き、米糠を洗い落して料理します。

保存するときは茹で汁に浸けておきます。

 

米糠がないときは、重曹を使っても構いません。

ただ、色が悪くなり苦味が出るのが難点です。

 

やはり米糠を方がまろやかな風味に仕上がります。

 

孟宗竹の孟宗とは何か

タケノコの季節になりました。

 

若竹煮、木の芽和え土佐煮、タケノコご飯など

季節のタケノコ料理が楽しみです。

 

タケノコは成長が早い植物です。

一日に数十センチメートルも伸びることもあります。

 

タケノコを漢字で書くと「筍」です。

「竹かんむり」に「旬」と書きます。

 

旬は、上旬、中旬、下旬の旬です。

つまり十日を意味します。

 

十日経つと、タケノコはもう竹に成長してしまいます。

タケノコが食べられる期間は限られています。

 

日本で最も多く食べられているタケノコは孟宗竹です。

タケノコといえば孟宗竹を指すほどです。

 

孟宗竹は中国の江南地方の原産です。

日本には江戸時代に伝わりました。

 

ところで、孟宗竹の孟宗とは何でしょうか。

 

孟宗は三国時代の呉の政治家の名前です。

中国二十四孝の一人です。

 

たいへんな孝行者として知られています。

たとえばこんな逸話が残っています。

 

ある冬のこと、孟宗の母が重い病気にかかりました。

孟宗は母に美味しいものを食べさせたいと思いました。

 

タケノコを探し求めて山に行きましたが、

見つかるはずがありません。

 

吹雪の中を必死に探し続けると、不思議なことに

急に雪が融けて春になり大地からタケノコが生えてきた。

 

これを取って家に持ち帰り、母に食べさせたところ

重い病気がたちどころに治ったそうです。

 

とても不思議な逸話ですが、

親を想う気持ちが伝わってきます。