おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

シエスタという生活スタイル

シエスタ」はスペイン語です。

日本語では昼寝と訳されます。

 

しかし、必ずしも昼寝することばかりではありません。

ゆったりと午後の休憩を取ることを意味します。

 

スペインだけでなく、南欧に古くから伝わる習慣です。

イタリアやギリシャなどにも残っています。

 

お昼になると職場や学校から家族が帰ってきます。

皆で一緒に楽しくお昼ご飯を食べます。

 

平日でも家族が揃ってお昼を過ごすことができるのは、

何とも羨ましい限りです。

 

南欧の人々は、よく母親の料理が最高だといいます。

シエスタという習慣のおかげかもしれません。

 

食後は昼寝をしたり、ゆっくり休憩します。

夕方になるとまた職場や学校に戻っていきます。

 

シエスタの時間は街中がひっそりとします。

商店も銀行も病院も閉まります。

 

何と警察署でさえ閉まります。

警察官まで昼寝して治安は大丈夫なのでしょうか。

 

心配要りません。

シエスタの間は泥棒も昼寝しています。

 

分かち合う喜び

若い頃にイタリアを旅行したことがあります。

バスに揺られて田舎の街をめぐりました。

 

イタリアの旅を楽しむコツは、焦らないことです。

 

バスも電車も時間通りに動くことはありません。

どんなに遅れても気にしない心構えが大切です。

 

それでも驚くことがいくつもあります。

日本では考えられないことが起こるのです。

 

遠くからおじいさんがバスに手を振っていると、

急にバスが路線から外れてそこに向かいます。

 

そして、バス停でもないのにおじいさんを乗せます。

まるでそうするのが当然であるかのように。

 

バスの乗客たちも、誰ひとり文句を言いません。

それどころか、顔見知りらしく挨拶を交わします。

 

やあ、じいちゃん、元気そうだね、とか何とか。

もちろんイタリア語で。

 

乗ってきたおじいさんはワインを取り出します。

そしてコップに注いで飲み始めます。

 

一杯飲み終わると、今度は周りの乗客にも勧めます。

次々とワインの回し飲みが始まります。

 

すると、他の乗客がチーズを取り出して切り分けます。

バスの中が突如としてバールに早変わりです。

 

皆とても楽しそうに飲んで食べて話しています。

啞然としている私にも声がかかります。

 

そこのお若いの、おまえさんもどうだい、とか何とか。

もちろんイタリア語で。

 

驚いたことに、バスの運転手にもワインを勧めます。

さすがに苦笑して断わっていましたが。

 

美味しいものを皆で分かち合うのがイタリア流です。

分かち合う喜びをよく知っている人々です。

 

孤食の寂しさ

孤食」という言葉があります。

家族がばらばらに食事を取ることです。

 

一人暮らしであれば仕方のないことですが、

家族が一緒に食事できないことは寂しいことです。

 

食卓はお腹を満たすだけの場ではありません。

心を満たす大切な場でもあります。

 

仕事や学校や家事が忙しいかもしれませんが、

ぜひ家族一緒に食卓を囲んでほしいと思います。

 

また、「個食」という言葉もあります。

家族が個々に異なる料理を食べることです。

 

レストランで食事するならば、それもいいでしょう。

個々に好きな料理を注文するのも楽しいものです。

 

しかし、家庭における日々の食事は別です。

 

せっかく家族で一緒に食事しているのに、

同じ料理を食べないのは寂しいことです。

 

なぜならば、分かち合う喜びを得られないからです。

 

皆で美味しさを分かち合うと、幸せな気分になります。

美味しい料理がもっと美味しくいただけます。

 

食育の大切さ

子どもの頃、ご飯を残さず食べるように教わりました。

 

たった一粒のご飯を作るのに一年かかる。

だから大切に食べなさいと。

 

そこで私は考えました。

 

たった一粒のご飯を作るのに一年かかるならば、

茶碗一杯のご飯は何年かかるのだろうと。

 

しかし、一粒でも茶碗一杯でも一年です。

後になってそれに気づきました。

 

また、こうも教わりました。

 

一粒のご飯には七人の神様がいらっしゃる。

だから大切に食べなさいと。

 

そこで私は考えました。

 

ご飯を食べると、神様が嚙み砕かれてしまうのではないかと。

何だか申し訳ないことをしているように感じました。

 

もちろん神様は目に見えない存在ですから、

噛み砕かれることはないと思います。

 

食べものに感謝することは、とても大事なことです。

親から子にしっかり伝えていかなければなりません。

 

子どもたちは食事を通していろいろなことを学びます。

それを「食育」といいます。

 

たとえば、お米はどのように作るのか。

ご飯はどのように炊くのか。

 

単に食べもの関する知識を得るだけでなく、

生きていく力を身につけることができます。

 

そして食べもののありがたさを知ることができます。

 

味噌作りの楽しさ

昔は各家庭で味噌を作っていました。

いわゆる自家製味噌です。

 

それぞれの家庭に自慢の味噌がありました。

「手前味噌」という表現があるほどです。

 

味噌作りは二日がかりの大仕事です。

家族総出で手伝います。

 

「寒仕込み」という言葉がありますが、

一年にうちで最も寒い季節に仕込みます。

 

暖かくなるにつれて、味噌の発酵と熟成が進みます。

そして秋が深まる頃、美味しい味噌が仕上がります。

 

寒い季節に仕込むのは、もう一つ理由があります。

 

春になると農作業が始まるからです。

味噌を作るには忙しすぎるのです。

 

しかし、春仕込みの味噌というのもあります。

寒仕込みよりも早く発酵が進みます。

 

ただ、香りと風味は寒仕込みが勝ります。

 

私の実家でも親戚が集まって味噌作りをしていました。

子どもの頃、とても楽しかったことを覚えています。

 

前日のうちに大量の大豆を洗って水に浸しておきます。

水を吸って膨らんだ大豆を大きな鍋で煮ます。

 

煮豆を作るのと違って、かなり長時間煮込みます。

指で摘まむと簡単に潰れるほど軟らかくします。

 

煮上がった大豆を機械で磨り潰します。

大豆をミンチにする専用の機械です。

 

子どもの頃、何と呼んでいたか覚えていませんが、

ミンサーというのが正式な名前だそうです。

 

挽き肉を作る機械と原理は同じです。

大豆を入れて大きなハンドルを回します。

 

挽き肉のように潰れた大豆が出てきます。

面白くて、いつまで見ていても飽きません。

 

塩と麹はあらかじめよく混ぜておきます。

これを「塩切り麹」といいます。

 

潰した大豆と塩切り麹を練り合わせます。

耳たぶの柔らかさが基本です。

 

練り上げたら、味噌樽に均等に詰めていきます。

空気が入らないようにしっかり押し固めます。

 

さらに和紙を敷いて空気に触れないようにします。

カビが生えないようにする工夫です。

 

味噌桶に木の蓋を被せて石の重りを乗せます。

そのまま十か月ほど寝かせておきます。

 

香り豊かな味噌の完成です。

 

スローフードはなぜスローなのか

スローフードはファーストフードに対する言葉です。

 

1986年にイタリアの小さな町で始まりました。

消えゆく伝統的な郷土の食文化を守る運動です。

 

良質の料理法や美味しさを次の世代に伝えていくために

食材の生産や食品の製造を保護しています。

 

スローフードは、単に食生活を見直すことだけではありません。

健康で幸福な生き方を模索することです。

 

そのため、食を通して人のつながりや環境を大切にしています。

今では世界中にスローフード運動が広まっています。

 

たとえば、イタリアではトマトソースパスタがよく食べられます。

茹で上げたパスタをトマトソースに絡める料理です。

 

作り方は至って簡単で、手軽に美味しくいただけます。

しかし、決してファーストフードではありません。

 

なぜならば、トマトソースを作るまでがスローだからです。

パスタに使われるトマトソースは、ほとんどが自家製です。

 

各家庭それぞれに自慢の美味しいトマトソースがあります。

トマトが収穫される季節に家族総出で作られます。

 

トマトソース作りはイタリア人にとって、一年の大切な行事です。

半日がかりの作業なので、親戚一同が集まって手伝います。

 

採れたばかりの大量のトマトを大鍋でぐつぐつと煮込みます。

熱いうちにトマトソースを小ビンに詰めて蓋をします。

 

冷めるとビンの中が減圧されて蓋が密封される仕組みです。

そのため常温でも長期間保存できます。

 

親戚一同が持ち帰って、来年の収穫期まで大切に食べますが、

もちろん出来立てのトマトソースも皆で味わいます。

 

きっと美味しい食事をしながら楽しく話をするのでしょう。

 

ファビオは大きくなったねえ。もう小学生かい。

ルーチェは来年結婚するんだってねえ。めでたいことだ。

マリアおばあちゃんは相変わらずお元気ですね。

 

といった親戚同士の会話があるのではないでしょうか。

あくまで想像ですが。

 

ホタルイカはなぜ光るのか

春はホタルイカの季節です。

刺身でも茹で上げても美味しい食材です。

 

富山県ホタルイカが、たいへんよく知られていますが、

じつは、兵庫県日本海側で多く水揚げされています。

 

傷みやすいので、昔は地元でのみ消費されていましたが、

流通技術の向上によって、全国にも広まりました。

 

ホタルイカは全身が青白く光る神秘的な生きものです。

夜の海を青く映し出す光景は、まさに幻想的です。

 

春の富山湾で見られるホタルイカの美しい群雄海面は、

国の天然記念物に指定されています。

 

ところで、ホタルイカはなぜ光るのでしょうか。

 

ホタルイカが光るのは、全身に発光器を持っているからです。

発光器には「ルシフェリン」という発光物質が含まれています。

 

発光物質が発光酵素の「ルシフェラーゼ」の作用によって光ります。

昆虫のホタルが光るのと同じ仕組みです。

 

ルシフェリンは、イカやクラゲやエビやオキアミにも見られます。

ウミホタルも持っています。

 

ノーベル化学賞を受賞した下村脩博士は、ウミホタルを研究して

ルシフェリンの結晶化に成功しました。

 

しかし、光る理由については今でも謎に包まれています。

 

腕の発光器が刺激を受けると、発光することはわかっています。

敵に襲われたときに、相手を驚かすためとも考えられます。

 

あるいは、集団におけるコミュニケーションという説もあります。

詳しい理由はわかっていません。

 

ホタルイカが光るところを見たいという要望は全国的に多く、

生きた状態を保って空輸されることもあります。

 

バブル時代はおしゃれなレストランでも提供されました。

ワイングラスに泳がせて青白い光を楽しむ趣向です。

 

ライトダウンされた店内で幻想的に光るホタルイカは、

うっとりするほど美しかったことでしょう。

 

しかし、今ではもうバブルは消えてなくなりました。

まるでホタルイカの光が消えるように。