おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

香りマツタケ味シメジ

昔から「香りマツタケ味シメジ」という表現があります。

 

香りはマツタケの方が勝り、味はシメジの方が勝るという意味です。

この場合のシメジとは本シメジのことです。

 

じつはシメジにはいくつかの種類があります。

 

最も多く流通しているのがブナシメジです。

一般にシメジというとブナシメジのことを指します。

 

ブナシメジは味と香りにクセがありません。

そのため様々な料理に幅広く使われています。

 

ところがこのブナシメジが以前は本シメジとして流通していました。

高級食材である本シメジにあやかってそう呼んだのだと思います。

 

そのため大きな混乱がありました。

 

本シメジだと思ってブナシメジを食べた人の多くは

本当にマツタケに勝る味なのかと疑問に感じたことでしょう。

 

残念ながらブナシメジの味は本シメジには敵いません。

 

本シメジは大黒シメジとも呼ばれています。

大黒様を彷彿させるずんぐりした姿をしています。

 

近年は人工栽培ができるようになりましたが、

以前は希少なキノコでした。

 

濃厚な旨みはキノコ類の中でも屈指ではないでしょうか。

キノコ汁やシメジご飯でその旨みを堪能することができます。

 

香りマツタケ味シメジが納得できると思います。

 

冬菇と香信

冬菇(どんこ)も香信(こうしん)も椎茸です。

 

冬菇は傘が開き切らないうちに収穫した肉厚で丸みのある椎茸です。

晩秋から初春にかけて採れるので冬菇という漢字で表わされます。

 

干した冬菇を水で戻すとたいへん旨い出汁が取れます。

そのため干し椎茸の中でも高級品として扱われています。

 

香信は傘が開いて全体的に平たくなった椎茸です。

多様な料理に使いやすい特徴があります。

 

椎茸は古くから東アジアで食用や薬用として重んじられてきました。

現在はシイタケという日本語の名称で世界中に広がっています。

 

椎茸の人工栽培が試みられたのは江戸時代と伝えられていますが、

安定して供給できるようになったのは近代になってからのことです。

 

それまでは椎茸の菌が自然に原木に付着するのを待つしかありませんでした。

ですから椎茸は古来より貴重な食材だったのです。

 

椎茸がどれほどありがたい食材であったか

道元禅師が記した典座教訓にその逸話が出てきます。

 

道元禅師は鎌倉時代に活躍した曹洞宗の開祖です。

若いときに仏教を学ぶために宋に渡りました。

 

上陸許可が出るまで宋の港で船中に逗留したときのことでした。

一人の老僧が訪ねてきます。

 

話を聞くと寺で典座を務めているという老僧でした。

典座というのは寺の食事を司る重要な職務のことです。

 

明日は端午の節句なので寺の若い修行僧たちに御馳走したい。

しかし目ぼしい食材が見つからなかった。

 

あなたは日本からはるばるやって来られたと聞くが、

もしや日本産の干し椎茸を持っておらぬかと思って訪ねてきた。

 

日本産の干し椎茸はそれはそれは美味しい出汁が取れる。

寺の若い修行僧たちにとっては最高のご馳走になるであろう。

 

残念ながら道元禅師は干し椎茸を持っていませんでしたが、

この老僧にいたく惹かれるものを感じました。

 

どこから来られたかと老僧に尋ねると何と十数キロメートルも

離れた寺からわざわざ買い出しに来ているということでした。

 

そのような苦労は寺の若い僧にさせればよいではありませんか。

道元禅師の問いかけに老僧は大声を上げて笑います。

 

異国から来られた良き若者よ。

あなたはまだ修行の何たるかをご存じないようです。

 

老僧はそう言い残すと数十キロメートルの道を帰っていきました。

おそらくは今夜の食事の準備をするために。

 

若い道元禅師はこの老僧の態度に深く感銘を受けたそうです。

仏教における修行の本質を悟ったという話です。

 

トリュフと松茸

トリュフはキノコの一種です。

地表ではなく地中に生えるキノコです。

 

成熟すると地上に現れることもありますが、

通常は地下数十センチメートルに形成されます。

 

そのため簡単に探し出すことができません。

昔はブタを使って探してもらいました。

 

トリュフはオスのブタのフェロモンと似た香りを持っています。

ですからメスのブタに探してもらうわけです。

 

ところがブタはトリュフを見つけると食べてしまいます。

今ではブタに代わって犬がこの任務に当たっています。

 

トリュフは世界三大珍味のうちの一つです。

フランスでは黒トリュフ、イタリアでは白トリュフが有名です。

 

食材の性質としては松茸に近いのではないかと私は思います。

 

希少で高価であるところや人工栽培ができないところや

栄養価が少なく香りを楽しむところが松茸に似ています。

 

トリュフにも松茸にも特有の豊かな香りがあります。

 

トリュフはステーキやフォアグラなどの肉料理に負けていません。

さまざまに料理に使われても個性を失いません。

 

トリュフ料理に比べると松茸料理の品数は限られますが、

松茸ご飯やお吸い物や土瓶蒸しや茶碗蒸しに向いています。

 

奥ゆかしさと上品さを活かした料理が松茸料理の特徴です。

 

ポルチーニと舞茸

ポルチーニはイタリアのキノコです。

 

イタリア語で「子豚ちゃん」を意味します。

丸みを帯びた姿が子豚を連想させる愛嬌のあるキノコです。

 

濃厚な香りを活かしてパスタやリゾットに使われます。

 

日本では生のポルチーニを手に入れることは難しいのですが

乾燥したポルチーニが売られています。

 

水でもどして香り豊かな料理を楽しむことができます。

私はときどきポルチーニを使って玄米リゾットを作ります。

 

リゾットというよりはお粥に近いのですが、

ポルチーニのもどし汁で玄米を柔らかく炊きます。

 

味付けは塩と粉チーズだけです。

それだけで風味豊かなポルチーニリゾットが味わえます。

 

ポルチーニが手に入らないときは舞茸を使います。

舞茸もポルチーニに負けない香り豊かなキノコです。

 

舞いたくなるほどおいしいので舞茸と名がつきました。

山で見つけたときに歓喜のあまり舞ってしまうからという説もあります。

それだけおいしいキノコです。

 

舞茸を使った料理は色が黒ずんでしまうので欠点です。

他の食材との組み合わせがどうしても限られてしまいます。

 

しかし玄米リゾットならば問題ありません。

玄米の色と見事に調和して食欲を誘います。

 

仕上げに生醤油を少しだけ加えます。

すると不思議なことに舞茸がポルチーニに変身します。

 

粉チーズをかけるとまさにポルチーニリゾットです。

イタリアに移住しなくても済むおいしさです。

 

リゾットはイタリア生まれ

リゾットはイタリアのお粥です。

 

イタリア語で「リゾ」はお米を意味します。

「オット」は親しみを表わす接尾語です。

 

ですからリゾットを日本語にすると「お米さん」になります。

何だか「お粥さん」に似た表現ですね。

 

イタリアのお粥といっても日本のお粥の作り方とは全く違います。

 

まず刻んだニンニクやネギをオリーブオイルで炒めます。

香りが出たところにお米を入れます。

 

お米がオリーブオイルになじんだら白ワインを加えます。

 

「米は水の中で生まれてワインの中で死ぬ」ということわざが

イタリア語にあります。

 

米は水田で栽培されてワインで料理されるという意味だと思います。

イタリアでおいしい米料理を作るにはワインが欠かせません。

 

白ワインがひと煮立ちしたらブロードを加えます。

ブロードとはブイヨンのことです。

 

ブロードはイタリア語、ブイヨンはフランス語です。

リゾットはイタリア料理なのでここはブロードと呼びましょう。

 

ブロードを加えた後はお米が炊き上がるのを待ちます。

あまりかき回さないように炊くのは日本のお粥と同じです。

 

しかし柔らかくなり過ぎてはいけません。

パスタもリゾットもアルデンテに仕上げるのがイタリア流です。

そこは日本のお粥と違うところです。

 

炊き上がったら塩と胡椒で味を調えます。

仕上げにパルミジャーノ・レッジャーノをすりおろします。

 

パルミジャーノ・レッジャーノは風味豊かなイタリアのチーズです。

これ以上リゾットに合うチーズは他にありません。

 

明日にでもイタリアに移住したくなるおいしさです。

 

ドリアは日本生まれ

ミルク粥にチーズを乗せてオーブンで焼いた料理があります。

ドリアといいます。

 

もっと正確にいえばライスグラタンという料理です。

 

マカロニグラタンのマカロニの代わりにご飯を使ったグラタンと

いえばわかりやすいでしょうか。

 

ドリアという名称から察すると西洋料理のように思われますが、

じつは日本で生まれた料理です。

 

昭和初期に横浜の老舗のホテルで生まれました。

ヨーロッパから招聘された料理長が発案したと伝えられています。

 

バターで炒めたご飯に海老のクリーム煮を混ぜベシャメルソース

チーズをかけてオーブンで焼いた料理でした。

 

ドリアという料理名はフランス語を語源とするらしいのですが、

一般にそのような名前のフランス料理を私は知りません。

 

私の勉強不足かもしれませんが少なくとも私の持っているフランス語の

辞書にはドリアという料理名は載っていません。

 

そもそもドリアという音韻がフランス語らしくありません。

 

別の説ではイタリアの海軍総督だったアンドレア・ドリアの名に因む

ともいわれていますが、はっきりしたことはわかっていません。

 

いずれにしても日本でドリアが誕生したきっかけは思いやりの心です。

 

長旅で体調を崩して食欲のないホテル客のために料理長が作りました。

その発想はお粥を源流とするのではないかと私は考えます。

 

ヨーロッパからやってきたこの料理長は日本のお粥を食べていたはずです。

心と体に優しく沁みるお粥の神髄を知っていたにちがいありません。

 

その神髄を西洋料理に活かして創作したのがドリアではないでしょうか。

ですから私はドリアがミルク粥の延長線にある料理と考えています。

 

ミルク粥とお釈迦さま

私が子どもの頃に食べてみたいと思ったお粥はミルク粥です。

ミルク粥は牛乳粥とも乳粥ともいいます。

 

お釈迦さまが悟りを開くときの話にこのミルク粥が出てきます。

こんな話です。

 

お釈迦さまは出家後6年にも及ぶ厳しい修行を積みました。

 

生死をさまようほどの苦行のために体はすっかり衰弱しましたが

悟りを開くことができませんでした。

 

一旦苦行を止めてナイランジャナー川で沐浴して身を清めました。

木陰に休んでいると村の娘からミルク粥の施しを受けました。

 

滋養をつけて体力を回復したお釈迦さまは菩提樹の下で瞑想しました。

そしてついに悟りを開いて仏陀となりました。

 

仏教ではこの話を乳粥供養といいます。

 

牛乳でお粥を作るなんて子ども心に興味深く感じました。

インド特有の食べ物だとずっと思っていました。

 

しかしそうではありません。

ミルク粥は世界各地にあります。

 

いわゆるライスプディングと呼ばれる食べものがそうです。

しかも甘く味付けしてデザートとして食べることが多いそうです。

 

牛乳でお粥を炊くだけでも驚きなのにお粥を甘くするとは衝撃的です。

私は始めはそう感じました。

 

しかし食べてみると全く違和感がありません。

むしろお米の新しいおいしさを味わうことができます。

 

おそらくお釈迦さまのミルク粥も蜂蜜か果糖で甘くしたと考えられます。

心に沁みるおいしさだったのではないでしょうか。