冬菇(どんこ)も香信(こうしん)も椎茸です。
冬菇は傘が開き切らないうちに収穫した肉厚で丸みのある椎茸です。
晩秋から初春にかけて採れるので冬菇という漢字で表わされます。
干した冬菇を水で戻すとたいへん旨い出汁が取れます。
そのため干し椎茸の中でも高級品として扱われています。
香信は傘が開いて全体的に平たくなった椎茸です。
多様な料理に使いやすい特徴があります。
椎茸は古くから東アジアで食用や薬用として重んじられてきました。
現在はシイタケという日本語の名称で世界中に広がっています。
椎茸の人工栽培が試みられたのは江戸時代と伝えられていますが、
安定して供給できるようになったのは近代になってからのことです。
それまでは椎茸の菌が自然に原木に付着するのを待つしかありませんでした。
ですから椎茸は古来より貴重な食材だったのです。
椎茸がどれほどありがたい食材であったか
道元禅師が記した典座教訓にその逸話が出てきます。
若いときに仏教を学ぶために宋に渡りました。
上陸許可が出るまで宋の港で船中に逗留したときのことでした。
一人の老僧が訪ねてきます。
話を聞くと寺で典座を務めているという老僧でした。
典座というのは寺の食事を司る重要な職務のことです。
明日は端午の節句なので寺の若い修行僧たちに御馳走したい。
しかし目ぼしい食材が見つからなかった。
あなたは日本からはるばるやって来られたと聞くが、
もしや日本産の干し椎茸を持っておらぬかと思って訪ねてきた。
日本産の干し椎茸はそれはそれは美味しい出汁が取れる。
寺の若い修行僧たちにとっては最高のご馳走になるであろう。
残念ながら道元禅師は干し椎茸を持っていませんでしたが、
この老僧にいたく惹かれるものを感じました。
どこから来られたかと老僧に尋ねると何と十数キロメートルも
離れた寺からわざわざ買い出しに来ているということでした。
そのような苦労は寺の若い僧にさせればよいではありませんか。
道元禅師の問いかけに老僧は大声を上げて笑います。
異国から来られた良き若者よ。
あなたはまだ修行の何たるかをご存じないようです。
老僧はそう言い残すと数十キロメートルの道を帰っていきました。
おそらくは今夜の食事の準備をするために。
若い道元禅師はこの老僧の態度に深く感銘を受けたそうです。
仏教における修行の本質を悟ったという話です。