私の故郷の福島には「いかにんじん」という郷土料理があります。
細く切ったスルメイカとニンジンを醤油で和えた料理です。
北海道の「松前漬け」の作り方にたいへんよく似ています。
昆布の代わりにニンジンを使った松前漬けと言えます。
昆布のぬめりはありませんが、ニンジンのシャキシャキ感が楽しめます。
福島ではお正月のおせち料理にも重宝されています。
拙著「四季の菜摘み」にも書きましたが、いかにんじんと松前漬けは
じつは深い歴史的なつながりを持っています。
江戸時代のことですが、松前藩の第9代藩主であった松前章広公が、
そのとき松前漬けが当地に伝えられたと考えられています。
ところが、梁川藩ではほとんど昆布を手に入れることができません。
松前藩の昆布は日本海を経由して主に京阪地方に運ばれるからです。
昔から京料理に昆布を使った逸品が多いのはそのためです。
東日本の食文化には昆布がほとんど定着しませんでした。
スルメイカがあっても昆布がなくては松前漬けを作ることができません。
そこで、昆布の代わりにニンジンが使われたのではないでしょうか。
東洋系の長ニンジンは江戸時代初期までには日本に伝わっています。
江戸時代後期には各地で栽培されていました。
いかにんじんの発案者は、おそらく松前藩から随行した料理人でしょう。
非凡な料理の才能があったと思います。
昆布の代わりにニンジンを使って松前漬けを作ったというよりは、
スルメイカとニンジンの全く新しい美味しさの創出です。
松前漬けに匹敵する見事な料理です。
しかし、両者の関係には全く正反対の説もあります。
いかにんじんが松前漬けの原型だという説です。
すでに当地にはいかにんじんという料理があったそうです。
松前章広公は十数年の赴任の後、松前藩に復することになりましたが
そのとき、いかにんじんを松前藩に伝えたとも言われています。
ところが、現在でこそ北海道はニンジンの一大生産地ですが、
当時は寒冷地であまりニンジンを栽培していませんでした。
松前藩ではニンジンの入手が難しかったのではないでしょうか。
そのため名産品の昆布が代用されたと考えられます。
そのようにして誕生したのが松前漬けです。
いかにんじんと松前漬けは、どちらが先か判明していませんが、
歴史的なつながりがあることは事実です。
甲乙つけ難い姉妹料理と言えます。
私は両者を融合した料理をよく作ります。
名づけて「松前にんじん」です。
ニンジンを入れた松前漬けとも言えますし、
昆布を入れたいかにんじんとも言えます。
両者の美味しさが相俟って箸が止まりません。
ぜひお試しください。