おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

がんもどきとひろうす

がんもどきは水気を切って崩した豆腐を球状にして油で揚げた料理です。

 

具としてギンナンや刻んだニンジン、レンコン、キクラゲなどが入ります。

つなぎにヤマイモを使ってふっくらと仕上げます。

 

煮物やおでんの種としますが、一度油で揚げるので味にコクがあります。

庶民的な食材であり「がんも」の愛称でも親しまれています。

 

がんもどきは漢字で書くと「雁擬き」です。

「雁」とは渡り鳥のガンのことです。

 

がんもどきはガンの味に似せて作られたと伝えられています。

 

食肉が禁じられた僧侶のために考案された精進料理の一つであり、

肉や魚の味や外見や食感を再現したいわゆる「擬き料理」です。

 

私はガンを食べたことがありませんが、たとえガンの味に似ていなくても

がんもどきは十分においしい料理だと思います。

 

ところで、つみれやつくねのように丸くした食材のことを

和食の料理人は「丸(がん)」と呼んでいます。

 

肉や魚の身を包丁で細かく叩いてつくねを作り、それを椀種にして

吸い物仕立てにすることを「丸に仕立てる」というそうです。

 

落語の「目黒のサンマ」にも丸の話が出てきます。

 

せっかく脂の乗った新鮮なサンマを塩焼きせずに、

蒸して脂を抜き、丸に仕立てて吸い物にする話です。

 

一口召し上がったお殿様があまりの不味さにこう尋ねます。

 

これ、このサンマはいずこより求めたものであるか。

はは、日本橋の魚河岸より最上のものを仕入れて参りました。

何、日本橋とな。それはいかん。サンマは目黒に限る。

 

丸に仕立てるにも適する食材と適さない食材があるようです。

 

私はかねてからがんもどきの「がん」はもともと「雁」ではなく、

この「丸」ではなかったかと考えてきました。

 

というのはガンがそれほど一般的な食材ではないからです。

 

野生のガンを食用にすることは古くからありました。

現代風にいうとジビエです。

 

椋鳩十の「大造じいさんとガン」という童話にも登場します。

狩猟の対象としてガンが描かれています。

 

しかし他の野禽類、たとえばカモやキジなどに比べると

食材としての質がさほど高くなかったのではないでしょうか。

 

カモにはカモ鍋やカモ南蛮があり、キジにはキジ蕎麦がありますが、

ガンの料理として知られているものはありません。

 

おいしいジビエが他にいくらでもあるのに、あえてガンの味を真似する

というのはおかしな話です。

 

ですから、がんもどきの「がん」はもともと「雁」ではなく、

「丸」のことだったのではないかというのが私の考えです。

 

もっとも、豆腐でがんもどきを作るようになったのは江戸時代だそうです。

それ以前のがんもどきはコンニャクや麩を油で揚げたものでした。

 

豆腐で作ったがんもどきほどふっくら柔らかくはありません。

もしかしたら味ではなく噛み応えがガンの肉に似ていたのかもしれません。

 

ところで関西ではがんもどきという呼称は使いません。

「飛竜頭」と書いて「ひりょうず」または「ひりゅうず」と呼びます。

とくに京都では「ひろうす」といいます。

 

京ことばは濁点を嫌い柔らかな音を好むといわれています。

たとえば湯葉は「ゆば」ではなく「ゆわ」と呼びます。

 

ちなみに徳川二代将軍の秀忠の五女和子が後水尾天皇中宮となるときは

名前の読み方を「かずこ」から「まさこ」に変えました。

 

宮中では濁点の付いた名前が認められなかったそうです。

 

それを聞いた秀忠は、ではわしの名も「ひてたた」にせねばならぬのか。

何とも弱々しい名じゃのうと大笑いしたそうです。

 

ひろうすも京都風にひりょうずが音韻変化したものと私は考えていました。

ところが、ひろうすの方が語源としては先であることを知りました。

 

ひろうすはポルトガル語の「フィリョース」に由来するそうです。

フィリョースとは小麦粉を練って油で挙げたお菓子だそうです。

 

沖縄の「サーターアンダギー」のような揚げ菓子ではないでしょうか。

 

ドーナツを油で揚げてみるとわかると思いますが、

多少いびつな生地でも火が通るときれいに丸く膨らみます。

 

がんもどきの形がそれに似ていたのかもしれません。

 

ですから「フィリョース」という言葉から「ひろうす」が生まれ、

それを「飛竜頭」と表記して「ひりょうず」と呼んだと考えられます。

 

もっとも、どちらが先であってもおいしいことに変わりはありませんが。