おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

引き千切られて作られるチーズ

モッツァレラは不思議な食感を持ったチーズです。

初めて食べたときは、本当にチーズかと疑いました。

 

できたての寄せ豆腐のようでもあり、

つきたての餅のようでもあります。

 

一般の熟成チーズの過程を経ることはありません。

そのためフレッシュチーズに分類されます。

 

まったくクセがなく淡白な味わいが特徴です。

他のチーズのように塩気もありません。

 

ナポリを中心とするカンパニア地方特産のチーズです。

とくにナポリのピッツァには欠かせません。

 

水牛の乳から作られるので、まるで雪のように真っ白です。

真っ赤な完熟トマトとの相性は、色彩も風味も抜群です。

 

モッツァレラチーズとトマトを薄くスライスして、

交互に並べて盛りつけるとじつに色鮮やかです。

 

そこにオリーブオイルをかけて塩を振り、バジルを添えます。

インサラータ・カプレーゼ」という料理です。

 

モッツァレラの語源は、「モッツァーレ」です。

イタリア語で「引き千切る」という動詞です。

 

辞書には「モッツァーレ・イル・カーポ」と文例が載っています。

「首を刎ねる」という意味です。

 

何とも物騒に思われますが、たいへんわかりやすい表現です。

たしかにモッツァレラを作るときは大きな塊から切り取ります。

 

決して首を刎ねるわけではありませんが、

引き千切るように作られます。

 

モッツァレラが丸みを帯びているのはそのせいです。

 

シェフの帽子はなぜ長いのか

レミーのおいしいレストラン」という映画があります。

ディズニーアニメーションの名作です。

 

主人公のレミーはネズミですが、料理の天才です。

パリのレストランで若い見習い料理人に出会います。

 

その若い見習い料理人はまったく料理ができません。

そこでレミーが彼のシェフ帽の中に隠れて彼を操作します。

 

そして次々と素晴らしい料理を作り出していきます。

レミーの料理を食べたお客さんは絶賛します。

 

お客さんは誰もレミーには気づいていません。

若い見習いが料理を作ったと思っています。

 

しかし、ついにレミーが見つかってしまいます。

レミーはどうなってしまうのでしょうか。

 

この映画の面白さは、もちろんレミーの活躍にありますが、

シェフ帽の中に隠れているからこそ活躍ができるのです。

 

それにしてもシェフ帽ななぜあんなに長いのでしょうか。

ネズミが隠れていても気づかないほどの長さです。

 

とくにフランス料理のシェフ帽の長さは特出しています。

日本料理の板前さんの料理帽に比べても歴然です。

 

フランス料理で長いシェフ帽を初めて採用したシェフは、

エスコフィエ氏と伝えられています。

 

フランス料理界の巨匠で数々の功績を残した偉人です。

「フランス近代料理の父」と称されています。

 

シェフという職業の社会的地位を大きく向上させ、

尊敬されるべき存在であることを証明しました。

 

しかし、かなり身長が低い人物だったそうです。

そのために長いシェフ帽をかぶりました。

 

偉大なシェフとしての威厳を示そうとしただけでなく、

厨房の統率を図ろうとしたのかもしれません。

 

もっとも長いシェフ帽には実用的な意味もあります。

それは通気性をよくすることです。

 

厨房では火を使いますので、暑さ対策は不可欠です。

頭部を覆う帽子は熱がこもってしまいます。

 

暑さで頭がぼんやりしては、美味しい料理はできません。

そのためにシェフ帽は長くなっているのです。

 

もっとも、シェフ帽が長ければ長いほど料理が美味しい

というわけではありませんが。

 

カキフライは日本生まれの洋食

「和食」に対して「洋食」と呼ばれる料理があります。

その多くは、日本生まれの西洋風の料理を指します。

 

洋食のほとんどは、明治以降に考案されましたが、

カキフライもまた明治時代に生まれた洋食です。

 

カキに小麦粉、溶き卵、パン粉をまぶして高温の油で揚げます。

その料理法は、アジフライやエビフライと同じです。

 

アジやエビは、ほぼ一年中市場に出回っていますが、

カキの季節は限られます。

 

初冬から早春までがマガキの旬です。

ですから、カキフライは季節の料理です。

 

ところで、カキをフライにするのは日本だけなのでしょうか。

西洋にはカキフライがないのでしょうか。

 

一般に、西洋の人々はカキを生で食べます。

生こそ最も美味しい食べ方であると信じています。

 

そのため、カキを加熱調理する料理はほとんどありません。

まして、日本のカキフライのような料理はありません。

 

では、なぜ日本ではカキフライが好まれるのでしょうか。

私はトンカツの影響があると考えています。

 

もっと正確にいうと、トンカツの食べ方が影響しています。

つまり、キャベツの千切りのおかげだと思います。

 

通常トンカツにはキャベツの千切りが添えられます。

それがカキフライの場合にも応用されます。

 

揚げ物をさっぱりと食べるにはキャベツが最適です。

また、白いご飯もカキフライによく合います。

 

トンカツ定食が日本人に愛されるのと同じように

カキフライもまた定食として愛されています。

 

トンカツソースをかけてももちろん美味しいのですが、

カキフライにはタルタルソースが最適です。

 

玉ネギ、オリーヴ、パセリ、ケイパーを細かく刻んで

マヨネーズに和えてペッパーを加えます。

 

タルタルソースでカキフライを食べてみると

やはり日本ならではの洋食だと感じます。

 

日本に生まれた幸せが味わえます。

 

 

フランスに渡った日本の牡蠣

生牡蠣はヨーロッパの人々に好まれていますが、

とくにフランスの人々に愛されています。

 

フランス料理のオードブルに生牡蠣は欠かせません。

そして生牡蠣にフランス産の白ワインは欠かせません。

 

フランスの牡蠣といえは「ブロン」という種類が有名です。

ブルターニュ地方特産の牡蠣です。

 

別名「ヨーロッパヒラガキ」とも呼ばれます。

丸く平らな形をしています。

 

かつてフランスで牡蠣といえば、このブロンを指しました。

しかし現在はそうではありません。

 

1970年代に寄生虫の発生によって大量死したからです。

その後ブロンの出荷量は激減してしまいました。

 

そのためフランスでは、日本産のマガキの稚貝を輸入して

養殖するようになりました。

 

フランスでは「フィヌ・ド・クレール」と呼ばれています。

日本語に訳すと「養殖牡蠣の最高級品」という意味です。

 

日本のマガキと同じように厚みのある縦長の形をしていますが、

フランス産と日本産では風味が違うそうです。

 

同じマガキでも育つ海が違うと味も違うのでしょう。

日本産でさえ瀬戸内産と三陸産は微妙に違いますから。

 

フランス産の牡蠣はフランス人の味覚とフランス産の白ワインに

合うように育つのかもしれません。

 

ところで、2011年の東日本大震災では、宮城県をはじめとする

三陸海岸の牡蠣養殖場が壊滅的な被害を受けました。

 

その復興を支援してくれたのがフランスの牡蠣養殖業者です。

養殖に必要な筏や縄などの資材を無償提供してくれました。

 

かつて日本の牡蠣養殖業者に助けてもらった恩返しだそうです。

たいへん心温まる話です。

 

おかげで三陸海岸の牡蠣の養殖は復活しました。

ありがたいことです。

 

牡蠣を愛する人に悪い人はいません。

心の優しい人ばかりです。

 

森を育てると牡蠣が美味しくなるのはなぜか

広島県の牡蠣養殖業者は昔から森の植樹活動に携わっています。

なぜ森を育てると牡蠣が美味しくなるのでしょうか。

 

海と山では無関係のように思われるかもしれませんが、

じつは海を豊かにするには山の環境が大切なのです。

 

広島湾にはいくつもの川が流れ込んでいます。

それらの川の水源は中国山地です。

 

中国山地の森林では落ち葉が分解されて腐葉土層を形成します。

それが雨水を吸い込み、栄養豊富な地下水となります。

 

そして長い時間をかけて川に流れ込み、海に注ぎます。

栄養たっぷりの海水が美味しい牡蠣を育てるのです。

 

気仙沼でも漁師さんたちが森の植林に関わっています。

やはり美味しい牡蠣を育てるためです。

 

川の上流に広葉樹を植え、山林の手入れを行いました。

荒れ果てた山地は見違えるほど美しい森に変わりました。

 

三陸の海に流れ込む川の水には多くの栄養分が含まれています。

おかげで、身がぷりぷりとした美味しい牡蠣が味わえます。

 

残念ながら、東日本大震災のときは壊滅的な被害を受けました。

しかし今ではすっかり牡蠣の養殖が復興しました。

 

もちろん現地の養殖業者の多大な努力のおかげでもありますが、

豊かな森がその努力を支えてくれました。

 

山の自然が豊かであれば、海の自然は必ず蘇ることが示されたのです。

自然を守っていくことの大切さを牡蠣は教えてくれます。

 

Rのつかない月に牡蠣を食べない理由

冬は牡蠣が美味しい季節です。

煮ても焼いても生でも美味しいです。

 

生牡蠣には紅葉おろしとアサツキがよく合いますが、

欧米では生牡蠣にレモンを搾るのが定番です。

 

今でこそ日本の刺身や寿司は世界的に知られていますが、

もともと欧米の人々は魚介類を生で食べません。

 

唯一例外なのが牡蠣です。牡蠣だけは生で食べます。

というよりも、生以外で牡蠣を食べることがありません。

 

生が最高に美味しい食べ方であると信じているようです。

ですから、あまり手の込んだ牡蠣料理を作りません。

 

日本でいえば、生の本マグロを珍重するようなものでしょうか。

新鮮で質のよい本マグロにはあまり手を加えません。

 

それと同様に、欧米の人々にとって牡蠣といえば生牡蠣ですが、

もちろん一年中牡蠣を食べるわけではありません。

 

一般にはRのつく月に牡蠣を食べると伝えられています。

つまり9月(September)から翌年の4月(April)までです。

 

5月(May)6月(June)7月(July)8月(August)には

Rがつかないので牡蠣を食べません。

 

その理由の一つは、食中毒を防ぐためです。

とくに夏の暑い季節に生食は危険です。

 

もう一つの理由は、牡蠣が産卵期を迎えるからです。

生殖巣に栄養分が取られ、身が痩せてしまいます。

 

食べられないことはないのでしょうが、美味しくありません。

次の世代の美味しい牡蠣の成長を待つ方が賢明です。

 

牡蠣の旬はやはり寒い季節であると思われていますが、

それはあくまでマガキの場合です。

 

牡蠣の種類には、夏に旬を迎えるイワガキもあります。

マガキとはまた違った風味を持つ牡蠣です。

 

近年は、冷蔵技術も輸送技術も大きく進歩しましたので、

Rがつかない月でも牡蠣を美味しくいただけます。

 

なんで関東で鶏肉のこと「かしわ」ゆわへんねん

夢路いとし喜味こいし」師匠は昭和を代表する漫才師でした。

「上方漫才の至宝」と称される名人芸で親しまれました。

 

兄のいとし師匠がボケ役、弟のこいし師匠がツッコミ役でした。

思わずくすっと笑ってしまう味わいのある話芸が特徴でした。

 

上方では鶏肉のことを「かしわ」と呼びますが、

それをネタにした漫才を今でも覚えています。

 

いとし「かしわゆうたら何や?」

こいし「鶏肉のことや。」

いとし「なんでかしわゆうねん?」

こいし「鶏肉がかしわの葉に似とるからやろ。」

いとし「なんで生きとるうちはかしわゆわへんねん?」

こいし「死んだらかしわになんねん。」

いとし「ほな、戒名か?」

 

たしかに生きている鶏のことを「かしわ」とは呼びません。

それは他の肉類でも同じです。

 

馬肉は「さくら」、鹿肉は「もみじ」、猪肉は「ぼたん」ですが、

それぞれ精肉となって初めてそう呼ばれます。

 

ところで、鶏肉をかしわと呼ぶのは主に西日本です。

東日本では、かしわという呼称はあまり使われません。

 

いとし師匠ならば、きっとこうおっしゃるでしょう。

なんで関東で鶏肉のこと「かしわ」ゆわへんねん。

 

もともと日本在来種の鶏肉をかしわと呼んでいたので、

かしわという呼称は全国的に使われていました。

 

しかし江戸時代になると軍鶏が伝わります。

在来種に劣らない美味しい鶏肉です。

 

西日本ではかしわが好まれ、東日本では軍鶏が好まれ、

次第に嗜好の地域差が生じたようです。

 

そのため西日本には従来のかしわという呼称が残りました。

決して東日本の人が新しがり屋というわけではありませんが。

 

さらに明治時代になると西洋からの移入種が増えます。

昭和時代にはブロイラーが普及します。

 

短期間で成長するために価格もお手頃です。

今では鶏肉といえばブロイラーを指すほどです。

 

いとし師匠ならば、きっとこうおっしゃるでしょう。

ほな、なんで鶏肉のこと「ブロイラー」ゆわへんねん。

 

なぜなのでしょうか。

こいし師匠、教えてください。