おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

みぞれ丼とみぞれ煮

大根おろしを和えた料理を「みぞれ」といいます。

みぞれ丼、みぞれ煮、みぞれ鍋などがそうです。

 

みぞれに組み合わせる食材には決まりがありません。

さまざまな食材を使ってみぞれを作ることができます。

 

一般には鶏肉や豆腐やナスを使うみぞれが多いようです。

特にみぞれ丼にするときは鶏もも肉が適しています。

 

一口大の鶏もも肉の皮面を下にしてフライパンで焼きます。

皮面にこんがり焼き色がついたらひっくり返します。

 

甘辛のタレをかけて火が通ったら大根おろしを和えます。

熱々のご飯に乗せ、刻んだネギを散らして出来上がりです。

 

焼くときに片栗粉をまぶすとよりふわっとした感じに仕上がります。

 

お好みでタレにおろしショウガを加えても美味しいのですが、

ショウガの爽やかさが大根おろしのさっぱり感を超えることがあります。

 

みぞれというからには大根おろしの風味を損なわないように

ショウガの分量に気をつけなければなりません。

 

また、みぞれ煮にするには鶏肉や豚肉が適していますが、

マダラやカキなどの個性の強い魚介類もよく合います。

 

香りの強いネギや春菊やエノキ茸と一緒の炊き合わせて

大根おろしをたっぷり添えると美味しくいただけます。

 

逆に、みぞれ鍋には質素な絹ごし豆腐がお薦めです。

豆腐の滋味を大根おろしが優しく引き立ててくれます。

 

しんしんと雪が降るような冷え込んだ夜には

豆腐のみぞれ鍋がゆったりと心を温めてくれます。

 

中華丼と中華まん

中華丼はご飯の上に八宝菜を盛りつけた料理です。

ご飯に盛らないときは普通の八宝菜定食です。

 

八宝菜はもともと広東料理といわれています。

肉や魚介類や野菜を使った五目うま煮の一種です。

 

八宝菜に使われる具材は必ずしも八種類とは限りません。

八という数字は数が多いことを意味しています。

 

ご飯の上に餡かけの料理を盛って食べると格別の美味しさがあります。

その美味しさは米を主食とする中国でも日本でもよく知られています。

 

ですから八宝菜をご飯に盛る食べ方は昔から中国にあったと思います。

ただし当然のことながら中国の人々はそれを中華丼とは呼びません。

 

中華丼という呼び方は日本で生まれました。

少なくとも昭和初期にはそう呼ばれていたそうです。

 

中国語で何と発音するのか分かりませんが、「什錦曾飯」という料理が

日本の中華丼に近いのではないかと思います。

 

中華料理店には中華丼がないと私はずっと思っていましたが、

横浜中華街のお店に中華丼があるのを知って驚きました。

 

お店の方に伺うと、中華丼を食べたいというお客さんの要望が多いそうです。

名称は何であれ美味しく召し上がっていただきたいとおっしゃっていました。

 

料理人としてたいへん立派な心構えだと思います。

それが横浜中華街の人気を支えている理由でしょうか。

 

その中華街では昔から「包子」という点心が売られていました。

今の「中華まん」の原型です。

 

ちなみに中に具が入っていないものは「饅頭」と呼ぶそうです。

中国語の発音は分かりませんが。

 

中華まんという呼び名は日本で生まれました。

肉まんや豚まんとも呼ばれます。

 

もちろん中国の人々は中華まんとは呼びません。

発音は分かりませんが、包子と呼びます。

 

小麦粉を練った生地で素材を包むことによって

その旨みを封じ込めた理想的な料理法です。

 

古代中国の人々は美味しい食べ方をよく知っていたのでしょう。

 

天津丼と天津甘栗

天津丼や天津飯と呼ばれる料理があります。

蟹玉をご飯に乗せて甘酸あんをかけた料理です。

 

主に東日本では天津丼、西日本では天津飯と呼ぶそうです。

 

しかし中国の天津市には天津丼も天津飯もありません。

日本で考案されたというのが定説です。

 

こうした料理は中華料理ではなく中華風料理といいます。

 

蟹玉は広東料理の芙蓉蟹からヒントを得ています。

芙蓉蟹はカニのほぐし身を混ぜた中華オムレツです。

 

カニは高価なので蟹玉にはよくカニ風味かまぼこが使われます。

刻んだチャーシューやエビで代用することもあります。

 

ふわふわの蟹玉ととろりとした甘酢あんが熱々のご飯に合います。

 

しかしなぜ天津丼や天津飯と呼ばれるのでしょうか。

いつどこで誰が最初に作ったのでしょうか。

 

諸説があるようですが、詳しいことはわかっていません。

わかっているのは天津市発祥ではないということだけです。

 

まるでナポリ発祥ではないナポリタンスパゲッティみたいです。

 

もう一つ天津の名がつくお馴染みの食べものがあります。

それは天津甘栗です。

 

天津甘栗には小粒のシナグリという品種が使われています。

渋皮がはがれやすく簡単に手で殻をむくことができます。

中国の河北省がシナグリの主な生産地だそうです。

 

ところで天津甘栗が甘いのはなぜでしょうか。

 

もともと甘味の強い品種という理由もありますが、

石焼き芋と同じ原理で焼き上げるからです。

 

高温の石が出す遠赤外線によって中までゆっくり加熱されることで

栗に含まれる酵素がデンプンを糖に変えていくのです。

 

天津甘栗は天津が名産地というわけではありません。

じつは名産地としては北京がよく知られています。

 

ではなぜ天津甘栗と呼ばれるのでしょうか。

それは天津港から日本に輸出していたためです。

 

天津から日本に来る甘栗ですから天津甘栗という名も不思議ではありません。

 

中国では天津甘栗を何と呼んでいるのでしょうか。

中国語の発音はわかりませんが、「糖炒栗子」というらしいです。

 

発音できなくとも漢字を見れば納得できる名称です。

 

イースターの卵

イースターとは、キリスト教のお祭りです。

復活祭とも呼ばれます。

 

春分の日の後の最初の満月の次の日曜日と決められています。

 

ですから毎年、イースターの祝日は異なります。

四月の初旬から中旬になることが多いようです。

 

イースターという名称は、「エオストレ」に由来すると言われています。

これはゲルマン神話に出てくる春の女神のことです。

 

ところでイースターといえば彩色されたゆで卵がつきものです。

イースターエッグと呼ばれています。

 

赤く塗られた卵が基本ですが、最近は色とりどりに塗られます。

卵を使わずに卵型のお菓子で代用することもあります。

 

そもそもなぜ卵なのでしょうか。

なぜ色を塗るのでしょうか。

 

その起源については諸説があります。

 

卵は動きませんが、そこから新しい生命が誕生します。

それが生の復活を象徴しているという説が有力です。

 

また赤い色はキリストの血の色であり、これも生命の象徴です。

 

エスの復活を見届けたと伝えられるマグダラのマリアが、

ローマ皇帝に赤い卵を献上したともいわれています。

 

ところでイースターエッグを運んで来るのは野ウサギです。

イースターバニーと呼ばれます。

 

サンタクロースのように子どもたちに贈り物を届けてくれるという

ドイツの伝承を起源とすると考えられています。

 

しかしイースターエッグに比べるとイースターバニーの歴史は浅く、

あまり知られていない地域もあります。

 

そのためイースターの特別なご馳走だと勘違いされることもあります。

イースターバニーは決してウサギ料理ではありません。

 

感謝祭のターキーは食べられます。

ハロウィーンのパンプキンも食べられます。

 

しかし、イースターバニーは食べものではありません。

 

ダチョウの卵

世界最大の卵はダチョウの卵です。

ニワトリの卵の約25倍もあるそうです。

 

1個のニワトリの卵は約60グラムですから

ダチョウの卵の重さは約1.5キログラムにもなります。

 

しかしこれだけ大きいと料理方法が限られます。

 

ゆで卵にするには巨大な鍋が必要です。

しかも卵の中まで火が通るにはだいぶ時間がかかりそうです。

 

目玉焼きにするにも大きなフライパンが必要です。

 

焼き上がった後、大人数で切り分けて食べるにしても

黄身と白身を均等に分けることは困難です。

 

結局、大きなボウルに卵を割って溶きほぐしてから

オムレツかスクランブルエッグか卵焼きにするのが

無難なところでしょうか。

 

しかし、ダチョウの卵を割るのはたいへんだそうです。

金づちやアイスピックなどの道具を使うことがあるそうです。

 

殻の厚さは2ミリメートルもあります。

少しずつ割りながら殻を取り除きます。

 

なんだか発掘作業のようですね。

 

私はダチョウの卵を食べたことがありませんが、

果たしてどのような味がするのでしょうか。

 

いつか食べる機会があればいいなと思います。

 

ウズラの卵

ウズラはキジ科の鳥類の中で最も小さい鳥です。

家禽として飼われている鳥の中でも最小です。

 

和名のウズラは、埋まる姿から名づけられたといわれています。

 

アジア各地に分布していますが、学術名にジャポニカという語がつく種類が

私たちにお馴染みのウズラです。

 

ウズラの卵の表面にはまだら模様がありますが、

これは一般に「ウズラ斑」と呼ばれています。

 

ウズラ豆やウズラ餅はこの模様に似ていることから命名されました。

 

面白いことに同じ親鳥から生まれる卵は皆同じ模様です。

生体認証に役立ちそうです。

 

卵は優等生

卵は「食材の優等生」、「物価の優等生」と言われています。

栄養価が高く、しかも安価だからです。

 

通常は10個1パックが200円から300円で売られています。

1個当たり20円から30円といったところです。

 

安売りするときは1個当たり10円ほどに下がることもあります。

 

じつはこの価格は数十年もの間あまり変わっていません。

今から60年以上前の昭和30年代もこの水準でした。

 

昭和の世相を描いた四コマ漫画の名作「サザエさん」に、

カツオがお遣いを頼まれて卵を買いに行く場面があります。

 

その当時の卵は1個ずつばら売りされていました。

割れないように卵屋さんが古新聞で包んでくれました。

 

漫画の中ではたしか値段が15円か20円だったように覚えています。

現在の物価が当時の十数倍であることを考えると安定した価格です。

 

逆に言えば、昔は卵が高級食材だったということです。

今の価格に換算すると1個150円から200円ではないでしょうか。

 

ですから卵焼きはたいへんなご馳走です。

子どもたちにも人気の料理でした。

 

「巨人、大鵬、卵焼き」という言葉が残っているほど

昭和時代には絶大な人気を誇っていました。

 

現代はカレーやハンバーグなどの人気メニューに押され気味ですが、

庶民的に愛されている料理であることに変わりありません。

 

卵はおかずとしても優等生です。