おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

月桂樹と昆布

月桂樹はクスノキ科の常緑広葉樹です。

清々しい香りの葉が生い茂ります。

 

乾燥した葉は煮込み料理やマリネに使われます。

ローリエ、ローレル、ベイリーフとも呼ばれています。

 

肉の臭みを消すだけでなく豊かな香りを与えます。

ほんの数枚加えるだけで料理の風味が格段に上がります。

 

地中海沿岸では古くから月桂樹を神聖視する風習があり、

古代ギリシアの太陽神アポロンの聖樹としても知られています。

 

月桂樹の葉を編んだ月桂冠は勝利と栄光の象徴です。

勝利者の名誉を称えるために与えられてきました。

 

料理の風格を高める月桂樹には人を幸福にする不思議な力があると

古来より信じられてきたのではないでしょうか。

 

それは和食における昆布も同じではないかと私は考えています。

 

昆布が使われるのはおいしい出汁を取るためだけではありません。

縁起物として様々な祝事に珍重されています。

 

結納や結婚の祝儀では「子生婦」と書いて子孫繁栄を願います。

お正月には「喜ぶ」ものとして鏡餅と一緒に飾ります。

 

大相撲では力士の無事を祈願して米や塩などと一緒に土俵に埋めます。

これを「鎮め物」というそうです。いわばお清めの奉納です。

 

福茶には昆布や梅干しや炒った黒豆などを入れます。

邪気を払い無病息災のご利益があると信じられています。

 

昆布には旨みを引き出す力だけでなく人に幸福をもたらす力があると

昔の人々は考えてきたようです。

 

その点は月桂樹も昆布もたいへんよく似ていると思います。

料理においても文化的な意味においても価値のある食材です。

 

ただし違う点もあります。

月桂冠はあっても昆布冠がないことです。

 

その代わり和食の世界には昔から「細工昆布」があります。

昆布を使って扇の形や菊の花の形を作る技能です。

 

二枚の昆布を網状に組んだ「吉祥昆布」も細工昆布の一つです。

吉祥とは縁起の良い形のことをいいます。

 

曹洞宗大本山永平寺の庫院に古くから伝わるそうですが、

おそらく食べる人の幸福を願って作られたのではないでしょうか。

 

バジルとバジリコ

バジルとバジリコは同じ植物です。

英語ではバジル、イタリア語ではバジリコといいます。

 

熱帯アジアを原産とするシソ科の香草です。

アレクサンダー大王がインドから持ち帰ったという説があります。

 

ヨーロッパ、とくにイタリアで最も愛されている食材の一つです。

 

バジリコを使った代表的な料理はピッツァ・マルゲリータです。

ナポリの名物として広く知られています。

 

イタリア王ウンベルト1世と王妃マルゲリータナポリを訪れた際に

ナポリのピッツァ職人が献上しました。

 

緑色のバジリコと白いモッツァレラチーズと赤いトマトソースが

イタリア国旗のトリコローレを表わしています。

 

そのため王妃は大いにこれを気に入ったと伝えられています。

それ以来ピッツァ・マルゲリータの名で呼ばれるようになったそうです。

 

イタリアのバジリコの中でもジェノヴァで栽培されているものが

最も香りがよいとされています。

 

その昔、地中海を行き交う船乗りたちは潮風に漂うバジリコの香りで

ジェノヴァ港の方角と距離を知ったといわれるほどです。

 

そのジェノヴァを中心とするイタリア北西部の地方では

古くからペスト・ジェノヴェーゼが作られてきました。

 

ペスト・ジェノヴェーゼはバジリコを使ったペースト状のソースのことです。

 

ニンニクと松の実をすりつぶしてバジリコの葉と粗塩とチーズを加えます。

チーズはパルミジャーノ・レッジャーノとペコリーノ・サルドを使います。

 

エクストラ・ヴァージン・オリーヴ・オイルを少しずつ加えながら

さらにペースト状になるまですりつぶしていきます。

 

フードプロセッサーを使うと手間をかけずに作ることができます。

簡単に作られる割には香りと味が濃厚なソースです。

 

茹で上げたパスタをこのソースに絡めていただくと絶品です。

ジェノヴァではトレネッテと呼ばれる平たいパスタを使うようです。

 

私はよく青ジソを使ってこのペスト・ジェノヴェーゼを作ります。

さしずめペスト・ジャポネーゼといったところでしょうか。

 

バジリコも青ジソも同じシソ科ですが、風味はだいぶ異なります。

青ジソを使うときはチーズを入れない方がおいしいようです。

 

ジャガイモの粉吹き芋や鶏ササミ肉の蒸し鶏を作るときに

青ジソのソースで和えると信じられないほどおいしくなります。

 

イワシのグリルやメカジキのソテーやアジフライにもよく合います。

慣れ親しんでいるせいか、青ジソの方が魚介類に合うように感じます。

 

ただしトマトを使った料理には絶対にバジリコの方が合います。

バジリコとトマトは相思相愛の仲です。

 

両者を切り離すことはイタリアの国旗から緑と赤を外すようなものです。

バジリコとトマトを心から愛するイタリア人は決して認めないでしょう。

 

実際にイタリア国旗が正式に制定されたのは第二次世界大戦後です。

ピッツァ・マルゲリータが誕生したのはそれより前の19世紀の末です。

 

一般にイタリア国旗は緑が国土を表わし、白が正義と平和を表わし、

赤が国民の熱血を表わすといわれています。

 

しかし、緑がバジリコで白がモッツァレラチーズで赤がトマトでも

どうやらイタリア人にとって間違いではなさそうです。

 

紫蘇の季節

その昔、魏の国に華佗(かだ)という伝説的な名医がいました。

あらゆる医療について非凡な才能を持っていました。

 

その活躍は三国志にも描かれています。

現代でいえばブラックジャックのような天才医師だったようです。

 

お正月のお屠蘇(とそ)を発案したのも彼だといわれています。

医学だけでなく薬の処方にも通じていました。

 

あるとき華侘の許に食中毒で死にかけている子どもが運ばれてきました。

一見してもう助からないと思われるほどの重症でした。

 

華侘は赤ジソの葉を煎じた紫色の薬湯を子どもに飲ませました。

すると子供はたちまち蘇生し、周りの人々は驚きました。

 

それ以来この紫色の蘇りの薬草を「紫蘇」と呼ぶようになったそうです。

あくまで言い伝えですが。

 

紫蘇はシソ科シソ属の植物です。

ヒマラヤ辺りが原産ではないかと考えらえています。

 

赤紫色の「赤ジソ」と緑色の「青ジソ」があります。

縮れていない青ジソのことを「大葉」と呼ぶこともあります。

 

青ジソは通年入手できますが、赤ジソの旬は初夏に限られます。

偶然にも梅の季節と一致します。しかも梅干しとの相性は抜群です。

 

合縁奇縁というのか一期一会というのかわかりませんが、

初夏の梅と赤ジソには不思議な「出会いの妙」を感じます。

 

私はこれを和食における「三大妙縁」の一つに勝手に定めています。

 

ちなみに残りの二つの妙縁もご紹介しておきましょう。

春のタケノコとワカメ、秋のサンマとスダチです。

 

いずれも旬の季節が偶然に合うだけでなく、組み合わせることによって

相乗的なおいしさを引き出すことができる食材です。

 

もっとも相性のよい組み合わせは他にもたくさんあります。

初ガツオと新タマネギ、寒ブリとダイコンなどもそうです

 

私の独断で定めた三大妙縁ですのでご容赦ください。

 

梅干しと一緒に漬けた赤ジソはさまざまな料理に使われます。

乾燥させた「ゆかり」はご飯の友に最適です。

 

しかし赤ジソの風味を純粋に味わうならばシソジュースがお薦めです。

 

まず赤ジソの葉を茎から取って丁寧に水で洗います。

鍋にたっぷりのお湯を沸かして赤ジソの葉を煮出します。

 

面白いことに赤ジソの赤い色素がお湯に溶け出すと

葉の色が青ジソのような緑色に変わります。

 

葉を取り出して鍋に上白糖と酢を加えます。

私はいつもワインヴィネガーやアップルヴィネガーを使っています。

 

酢を入れた瞬間に赤紫色が目にも鮮やかなルビー色に変わります。

赤ジソの色素が酢に反応して起こる現象ですが何とも不思議です。

 

出来上がったシソジュースは鍋から保存用のビンに移し替えます。

冷蔵庫でよく冷やして氷水や炭酸水で割っていただきます。

 

赤ジソの風味と何よりも赤ジソの美しい色を楽しむことができます。

暑気を払って爽やかな気分になる最高の夏の飲み物です。

 

ぜひお試しください。ただし瀕死の食中毒には効果はありません。

 

バナナと芭蕉

バナナは世界中で愛されている果物です。

 

デザートとしてだけではなく主食としても食べられています。

アフリカでは料理用のバナナが一般的に栽培されているそうです。

 

料理用のバナナはまだ実が青くて硬いうちに収穫されます。

ですから手で皮を剥くことができません。

 

デザート用バナナのような甘味はなく、芋類のような食感だそうです。

どのように料理されるのか、とても興味があります。

 

日本に輸入されるバナナもまだ実が青いうちに収穫されます。

害虫の侵入を防ぐために完熟したバナナの輸入が禁じられているからです。

 

そのため輸入後にエチレンガスによってバナナを黄色く熟させます。

これを追熟といいます。

 

エチレンは植物ホルモンの成分であり、成長を促す働きがあります。

果物の中にはエチレンを発するものがいくつかあります。

 

リンゴとキウイフルーツを一緒に保存しておくとキウイフルーツ

甘くなるのはリンゴが放出するエチレンのお陰です。

 

昔はエチレンを使わず、船で輸送する途中で自然に熟させました。

そのため日本に到着する頃には熟成し過ぎてしまうこともありました。

 

熟し切って色が黒ずんでしまったバナナは商品価値が下がります。

そこで登場したのが「バナナの叩き売り」です。

 

巧みな話術で大量のバナナを売りさばきます。

北九州の門司港が発祥と伝えられています。

 

その口上は「ガマの油売り」と並んでまさに日本の伝統的な話芸です。

昨今は残念ながらお目にかかる機会がなくなりました。

 

バナナの叩き売りが活躍した頃はバナナがまだ高級果実の時代でした。

1本の値段が、現在でいえばメロン1個に匹敵するほどでした。

 

ですから当時は、病気の見舞いにバナナをもらうと患者は覚悟したそうです。

もう自分は助からないからこの世の名残にバナナをいただくのかと。

今ではもちろん笑い話ですが。

 

現在では低価格で手軽に食べられて、栄養価が高くて美味しくて、

しかも一年中安定して供給される本当にありがたい果物です。

感謝してバナナをいただかなければなりません。

 

ところで、江戸時代の俳人松尾芭蕉芭蕉とはバナナのことです。

 

もっと正確にいうと、バナナという植物のことを芭蕉と呼び、

バナナの実のことを実芭蕉といいました。

 

古くから日本で栽培されていますが、観賞用だけではなく、

茎の繊維から芭蕉布を織ることもありました。

 

しかし本州では芭蕉の実が生ることはありません。

沖縄あたりが北限とされているそうです。

 

松尾芭蕉は、弟子から贈られた芭蕉の株が見事に成長したので

自分の俳号に決めたと伝えられています。

 

そういう話を聞くと少し変わった命名にも感じられますが、

じつは現代でも「吉本ばなな」というペンネームの作家がいます。

 

名前の由来はわかりませんが、違和感があまりないのは

松尾芭蕉のお陰でしょうか。

 

朴の葉と椎の葉

新緑の季節にならないと食べられないお寿司があります。

朴葉寿司です。

 

朴の木は初夏になると香りのよい大きな葉を茂らせます。

その葉の上に酢飯を乗せて、鮭、ミョウガ、フキ、シイタケなどの具と

一緒に包んだのが朴葉寿司です。

 

岐阜県飛騨地方を中心に古くから伝わる郷土料理です。

 

朴葉を使うのは香りがよいばかりでなく殺菌作用があるからです。

笹の葉寿司や柿の葉寿司と同じように携帯食の意味もあります。

山仕事や農作業に持って行くお弁当として作られたそうです。

 

秋になって枯れ落ちた朴葉を使う料理もあります。

朴葉味噌です。

 

こちらも飛騨高山地方の郷土料理です。

 

朴葉は比較的火に強いので、葉の上に味噌を乗せて七輪で焼きます。

香ばしく焼き上がった味噌が朴葉の香りに包まれます。

 

近年は味噌だけでなく野菜や肉も一緒に焼くことがありますが、

昔は薬味のネギや漬け物を刻んで加えるだけだったそうです。

 

素朴でありながらじつに洗練された芳潤な料理です。

 

朴葉のような大きい葉は古くから食器の代わりに使われてきました。

握り寿司や刺身は葉欄(はらん)という葉に盛られることがあります。

 

熱帯の国ではバナナの葉がよく使われます。

器として使うだけでなく食材を包んで焼いたり蒸したりします。

 

万葉集には椎の葉に飯を盛る有名な歌が載っています。

有間皇子(ありまのみこ)が詠んだとされる歌です。

 

家にあれば 笥(け)に盛る飯(いひ)を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る

 

「家にいれば食器に盛り付けるご飯も旅の途中だから椎の葉に盛ることだなあ」

という旅の侘しさを嘆いた歌です。

 

じつはこの歌については昔から国文学者の間で論争がありました。

椎の葉がご飯を盛るにはあまりに小さすぎるからです。

 

本人が食べるためではなく神に供物として捧げたのではないかという説や

椎の葉しか見つからないほど過酷な旅だったのではないかという説や

後世に別人が有間皇子の気持ちを詠んだのではないかという説があります。

 

実際に有間皇子は悲運の生涯を送りました。

政争に巻き込まれ、謀略によって19歳という若さで命を失います。

 

この歌は処刑場に護送される途中の作とされています。

ですから決して旅情あふれる歌ではありません。

 

目の前の死を見据えた有間皇子はどのようなお気持ちだったのでしょうか。

淡々とした歌風の中にむしろ深い悲哀を感じ取ることができます。

 

万葉集は、歌の内容から挽歌、相聞歌、雑歌の三つに分類されます。

有間皇子の歌は挽歌に属します。

 

挽歌というのは、亡くなった人を悼む歌のことです。

おそらく万葉集の選者も有間皇子の悲運の死を悼んだのではないでしょうか。

 

椎の葉に盛られた飯に有間皇子の心の叫びが描かれています。

生きることの本質を詠った優れた歌であると私は思います。

 

おこわとちまき

もち米を蒸したご飯のことを「おこわ」といいます。

強飯(こわいい)が転じた言葉です。

 

それに対して姫飯(ひめいい)という言葉があります。

こちらは柔らかく炊いたご飯のことです。

 

おこわは狭い意味で「お赤飯」のことを指すことがありますが、

「山菜おこわ」や「栗おこわ」など季節の素材を用いたものもあります。

 

私はよく「五目おこわ」を作ります。

 

鶏肉、ニンジン、ゴボウ、レンコン、干しシイタケを小さく切って

醤油とみりんと干しシイタケの戻し汁で煮ます。

 

やや濃いめに下味をつけておくのがコツです。

おこわの中でちょうどよい味のアクセントになります。

 

五目だからといって具を五種類に限る必要はありません。

コンニャクや凍り豆腐を入れて具を増やしても構いません。

 

季節によってタケノコやギンナンを使うこともあります。

干しエビや干し貝柱やチャーシューを使うと中華風になります。

 

もち米はよく研いでたっぷりの水にしばらく浸けておきます。

うるち米を混ぜて作るものもありますが、私はもち米だけのおこわが好きです。

 

蒸す直前にもち米の水気を切って具とあわせます。

蒸籠(せいろ)に入れて強火で蒸し上げます。

 

蒸し過ぎると「おこわ」ではなく「おもち」になってしまいます。

柔らかくなり過ぎず、もちもち感が残るように蒸します。

 

蒸すときは濡れ布巾でもち米を包み込みます。

蒸気が全体にムラなく行きわたるようにするためです。

 

私は蒸籠に笹の葉や蓮の葉を敷き、その上にもち米を乗せて蒸し上げます。

とても香り豊かなおこわができます。

 

じつはこの料理方法は「ちまき」を応用したものです。

もちろん私が発案したものではなく、広く一般に知られています。

 

ちまきは笹の葉や竹の皮でもち米をくるんで蒸した料理です。

昔は茅(ちがや)の葉で巻いたのでちまきと呼ぶそうです。

 

ちまきは中国から東南アジアにかけて古くから作られていますが、

作り方も形も中身もじつに様々です。

 

唯一ちまきに共通していることは冷めてから食べることです。

そのため、ちまきの葉をむいたときの香りも穏やかです。

 

それに対しておこわは蒸し立ての熱々をいただきます。

蒸籠を開けたときに立ち上げる芳香はちまきを遥かに凌ぎます。

 

笹の葉や蓮の葉に乗せて蒸したおこわは味も香りもご馳走です。

おこわという料理の奥深さを堪能できます。

 

小倉餡の小倉とは何か

 

小豆の餡には「つぶあん」と「こしあん」があります。

では小倉餡とは何でしょうか。

 

小倉餡は、大納言を煮て蜜に漬けたものをこしあんに混ぜて作ります。

ただし一般にはつぶあんのことを小倉餡と呼ぶこともあります。

 

小倉餡という名前は京都の小倉山に由来します。

 

小倉山は桂川をはさんで嵐山と向かい合っています。

昔から紅葉の名所として知られています。

 

藤原定家の別荘である「小倉山荘」があったと伝えられています。

定家が小倉山荘で選定した歌集が小倉百人一首です。

 

小倉山の周辺では平安時代から小豆の栽培が始まりました。

たいへん良質の小豆が生産されたそうです。

 

ある菓子職人がその小豆を使って餡を作りました。

それが小倉餡と呼ばれるようになりました。

 

当地には小倉餡発祥の地を記す石碑が立っているそうです。

 

さて、もう一つの由来があります。

小倉餡が紅葉のように美しいからという説です。

 

小倉山が紅葉の名所であることは先ほど述べました。

紅葉を詠んだ和歌が小倉百人一首にも収められています。

 

小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ

 

貞信公の歌ですが、小倉山の紅葉に対する愛情が感じられます。

京に住む人にこよなく愛されていたことがわかります。

 

こしあんに点在する大納言が小倉山を彩る紅葉に見えたのでしょうか。

小倉山の名を取って小倉餡と名づけられました。

 

かなり強引な説に思われるかもしれませんが、

食べものを花や紅葉に譬えることは珍しいことではありません。

 

例えば鶏肉や魚介の「竜田揚げ」がそうです。

 

竜田揚げの竜田とは奈良の生駒を流れる竜田川のことです。

その流域は紅葉の名所として知られています。

 

竜田揚げは、醤油で下味をつけ片栗粉をまぶして油で揚げる料理です。

揚げ色が竜田川の紅葉のように赤いので名づけられました。

 

小倉百人一首の中に竜田川の紅葉を詠った和歌があります。

 

ちはやぶる 神代も聞かず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは

 

神の代にも聞いたことがないほど紅色に染まっているという歌です。

在原業平の代表的な作品です。

 

川岸の紅葉が色鮮やかに水面に映っているとも解釈できますし、

舞い散った紅葉が水面を赤く覆いつくしているとも解釈できますが、

おそらく後者ではないかと思います。

 

後世、流水に紅葉を配した図案を竜田川模様と呼ぶようになりました。

竜田揚げもそれに劣らぬ芸術的な名前です。