おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

はりはり鍋のはりはりとは何か

日本語には表現力が豊かな擬態語が数多くあります。

もちもち、こりこり、ふわふわ、ぷりぷり、などです。

 

食べものの食感を表すのにたいへん便利な言葉です。

それがそのまま料理名になることもあります。

 

たとえば「はりはり鍋」が、その一例です。

食感から命名されました。

 

では、はりはりとはどのような食感なのでしょうか。

 

はりはり鍋は、水菜と鯨肉を使った鍋料理です。

大阪の発祥と伝えられています。

 

かつて鯨肉は、安価で入手しやすい庶民的な食材でしたが、

安価でも美味しさを見逃がさないところは、さすが大阪です。

 

現在では、鯨肉が高価な食材となってしまったために、

豚肉や鶏肉も、はりはり鍋の材料に使われています。

 

肉の種類は変わっても、水菜を使うことは変わりません。

はりはり鍋は、水菜を美味しく食べる鍋料理なのです。

 

その水菜の食感を表す言葉が、はりはりです。

現代風にいえば「しゃきしゃき」でしょうか。

 

はりはりという表現は、古くから親しまれている言葉です。

はりはり鍋が登場する以前も使われていました。

 

たとえば女房詞にも、はりはりがあります。

切り干し大根のことを指します。

 

切り干し大根の漬け物は「はりはり漬け」と呼ばれています。

現代の「ぽりぽり」に近い表現ではないでしょうか。

 

昔は「はりはり」を「ぱりぱり」と発音していた可能性があります。

古代の日本語では、ハ行が「ぱぴぷぺぽ」だったからです。

 

やがて、ハ行は「ふぁふぃふぅふぇふぉ」に変化しましたが、

一部「ぱぴぷぺぽ」の音韻も残りました。

 

それを区別するために考案されたのが「半濁点」です。

「はひふへほ」の右上につける小さな〇の記号です。

 

安土桃山時代に日本にやって来たポルトガル人宣教師たちが、

キリシタン文献に導入したのが始まりといわれています。

 

当時の日本語をポルトガル語で説明した「日葡辞書」によると、

「にほん」は「二フォン」「ニッポン」と発音していたようです。

 

しかし、濁点や半濁点は、公的な文書以外あまり使われませんでした。

一般の文書は、濁点や半濁点のないひらがなで表記されていました。

 

どう発音するかは、読み手の判断に委ねられていました。

ですから、「はりはり」は「ぱりぱり」だった可能性があります。

 

もちろん「ふぁりふぁり」や「ばりばり」の可能性もありますが、

「ふぁりふぁり鍋」では、水菜を煮過ぎてしまった感じがします。

 

「ばりばり鍋」では、水菜の固い根元を生で食べる感じがします。

どちらも、水菜の美味しさが伝わってきません。

 

やはり「はりはり鍋」が、水菜に相応しい名前でしょうか。