ニシンを表す漢字は二種類あります。「鰊」と「鯡」です。
「鰊」という漢字は、東国で獲れる魚を意味します。
東国とは現在の北海道や東北地方を指していました。
それは、まあ納得できる漢字だと思います。
では、「鯡」と書くのはなぜでしょうか
今でこそ北海道は全国でも有数の米の産地ですが、
江戸時代はほとんど米が生産されませんでした。
当時の松前藩は、米の代わりにニシンを年貢として徴収しました。
「ニシンは魚に非ず、海の米なり」と言われたそうです。
そのため「鯡」と表記するようになったそうです。
江戸時代から明治にかけて北海道ではニシンがよく獲れました。
最盛期は年間100万トンもの漁獲量がありました。
海を埋め尽くすほどの大量のニシンが沿岸に押し寄せたそうです。
ニシン漁で財をなした網元が、こぞって豪華な屋敷を建てました。
それが「ニシン御殿」と呼ばれています。
今でも北海道の観光名所としてニシン御殿が残っています。
私も訪れたことがありますが、本当に立派な建築物です。
サケ御殿やマグロ御殿というのは聞いたことがありませんので、
ニシン漁の規模の大きさがうかがい知れます。
ニシンは春になると産卵のために大群で沿岸近くにやってきます。
そのため「春告魚」の異名があります。
では、なぜニシンを「鰆」にしなかったのでしょうか。
それは先に使われてしまっているからです。
鰆はサワラと読みます。春になると沿岸に来て産卵します。
そのために鰆と表記されるようになりました。
しかし、サワラの本当の旬はじつは寒い季節です。
冬の「寒サワラ」は脂が乗って美味しい魚です。
では、なぜサワラを「鮗」にしなかったのでしょうか。
それは先に使われてしまっているからです。
鮗はコノシロと読みます。晩秋から冬にかけて旬を迎えます。
シンコ、コハダ、ナカズミ、コノシロと名前が変わる出世魚です。
出世魚といっても、成長するにつれて価値が下がる不思議な魚です。
成魚よりも幼魚の方が寿司ネタとして好まれます。
一般にコハダは酢で締めて「光りもの」とします。
とくに夏のシンコは江戸前寿司の高級食材です。
今のところ「魚へん」に「夏」という漢字はありません。
思い切って表記を再編するのも面白いかもしれません。