太宰治は底なしの大酒呑みとして知られていますが、
酒の肴に湯豆腐を好みました。
毎日豆腐屋から何丁もの豆腐を買い求めていたので、
近所で評判になるほどだったそうです。
豆腐は酒の毒を消すというのが彼の主張ですが、
もちろんそれは酒を呑むための口実です。
本当の理由は、豆腐が安価だったからです。
どれほど食べてもあまり懐が痛みません。
太宰治は全く金銭感覚がなく、私生活は乱れていました。
いつも赤貧の状態だったようです。
その割には食通であり、美味しい料理を愛していました。
それを救ってくれたのが湯豆腐だったのでしょう。
彼の曾祖父が一代で財を成しました。
その曾祖父はもともと豆腐を売り歩く行商人だったそうです。
なぜか豆腐と縁がある家系なのかもしれません。
また、幕末の志士にも湯豆腐を愛した人物がいます。
大村益次郎です。
日本で初めて近代的兵制を創設した人物です。
天才的な軍才を発揮して軍神とも称されました。
戊辰戦争でも多くの功績を残しています。
兵士の心理を機微に読み取り、的確に兵を動かしましたが、
その一方で、いかにも軍人らしく不愛想だったそうです。
普段の生活は極めて質素で、骨董以外の趣味を持たず、
幕末の志士には珍しく、料亭や芸者とも無縁でした。
その大村益次郎の唯一の楽しみが、酒と湯豆腐です。
自宅で独り晩酌していたのではないでしょうか。
もっとも外で食事をしない理由は、自分の身を守るためです。
刺客に命を狙われないように気をつけていたのです。
実際、幕末の志士の多くは暗殺されています。
大村益次郎の最期もそうでした。
京都の旅館で仲間と会食中に刺客の襲撃を受けました。
重傷を負った大村益次郎は数日後に亡くなりました。
記録には残っていませんが、最後となってしまった食事も
もしかしたら湯豆腐だったかもしれません。
奇しくも坂本龍馬も京都で刺客に襲われ暗殺されています。
有名な近江屋襲撃事件です。
天衣無縫に生き、若くして世を去った坂本龍馬ですが、
好物は湯豆腐ではなく、軍鶏鍋だったそうです。