
宮崎駿監督のアニメ映画「魔女の宅急便」は不朽の名作です。
13歳の魔女のキキが、修行の旅に出て大活躍する物語です。
作品の中にはいくつもの名場面がちりばめられていますが、
ニシンとカボチャのパイの場面もその一つです。
ある老婦人が孫娘の誕生会のためにニシンとカボチャのパイを
焼いて届けようとします。
そこでキキは、老婦人を手伝って石窯でパイを焼きますが、
パイを届ける途中、どしゃ降りの雨に見舞われます。
それでもキキは、パイが雨に濡れないように急ぎます。
きっと孫娘が心待ちにしているだろうと思って。
ところが、孫娘は素っ気なくパイを受け取るとこう言います。
「私このパイ嫌いなのよね。」
何とも冷淡な言葉であり、老婦人に対する感謝の気持ちも
キキに対する慰労の気持ちも感じられません。
しかし、そこは宮崎駿監督のことですから、切ない経験を
乗り越えて成長していくキキを描こうとしたのでしょう。
映画の中に登場するニシンとカボチャのパイの表面には、
美味しそうな焼き色をした魚の模様がありました。
実際にパイを食べる場面は映画の中にはありませんが、
一体どんな味なのか興味は尽きません。
じつは、ニシンのパイはイギリスが本家です。
南西部コーンウォール地方の名物料理です。
ニシンとジャガイモと固ゆで卵をパイ生地で包み、
オーブンで焼き上げる料理です。
それだけなら普通のパイ料理とあまり変わりませんが、
コーンウォールのパイは見た目が衝撃的です。
何と、ニシンの頭がパイ生地から突き出しています。
それも一匹だけではありません。
数匹のニシンが四方に向かって顔を出しているのです。
初めてこのパイを見た人は誰でも驚くことでしょう。
なぜニシンの頭がパイ生地から突き出しているかというと、
ニシンが夜空の星を見上げている姿を再現したからです。
そのため「スターゲイジーパイ」と名づけられています。
「星を見つめるパイ」という意味です。
中には、頭だけでなく尻尾を突き出したパイもあります。
波間を泳ぐニシンの姿を現しています。
コーンウォールの伝説によると、もともとこのパイは、
地元の英雄的な漁師が起源だと伝えられています。
その漁師は、嵐が吹き荒れる冬の海にたった一人で漁に出て、
飢えている村人のために多くの魚を獲ったそうです。
村人は喜び、獲れた魚をさっそくパイに詰めて焼きましたが、
魚の頭がパイ生地から出るようにして作りました。
それは、パイの中に魚が入っていることを示すためです。
以来、コーンウォールの伝統的なパイとなりました。
やがてそれが、夜空の星を見上げるニシンの姿と言われ、
「スターゲイジーパイ」と名づけられました。
見た目は衝撃的でも、名前の由来は納得できます。
郷土で愛されている理由がよくわかります。