
トビウオのダシのことを「あごだし」といいます。
主に九州地方で古くから使われてきました。
トビウオを天日で素干しにした「あご干し」や、
焼き干しにした「焼きあご」からダシを取ります。
上品ですっきりとした独特の旨味と風味があり、
カツオ節ともサバ節とも違っています。
「あごだし」の「あご」とはトビウオの古称です。
「agoo」はトビウオの学名にもなっています。
「あごが落ちるほど美味しい」という表現から
「あごだし」と名づけられたという説もあります。
たしかに「あごだし」は美味しいには違いありませんが、
おそらくそれは俗説だと思われます。
「頬っぺたが落ちるほど美味しい」とは言いますが、
「あごが落ちるほど美味しい」とは言わないからです。
煮物や鍋物など、「あごだし」は様々な料理に使われますが、
麺類との相性もよく、うどんやラーメンにも適しています。
その美味しさの秘密はどこにあるのでしょうか。
じつはトビウオの生態に秘密があります。
よく知られているように、トビウオは空を飛びます。
飛ぶというより、グライダーのように滑空します。
それに合わせて、体の仕組みも進化してきました。
まるで翼のような大きな胸ビレを持っています。
おかげで時速50~70キロメートルで飛ぶことができます。
しかも飛行距離は数百メートルにも及びます。
また、体を軽量化して飛行しやすくするために、
体内の脂肪分が極端に少ないのも特徴です。
その代わり、タンパク質、つまりアミノ酸が多く含まれ、
それがトビウオの旨み成分となっています。
「あごだし」の美味しさの秘密なのです。
ところが、同じ青魚でもサンマは違います。
干してダシを取ることはほとんどありません。
それはなぜでしょうか。サンマはダシを取るのに
向いていない魚なのでしょうか。
サンマは脂が美味しい魚ですから、秋に成長して
脂が乗るほどに旨みも増してきます。
サンマの脂の旨みを味わうには塩焼きが最適です。
焦げるくらいに焼き上げると脂も美味しくなります。
脂が焼けるときのジュウジュウという音を聞くだけで、
美味しそうに感じられます。
サンマは刺身にして食べることもありますが、
じつは刺身の歴史は意外と浅いようです。
一般にサンマの刺身を食べるようになったのは、
近年になってからのことです。
サンマの脂は、ブリやマグロの大トロの脂ほど
強くなく、刺身でも美味しくいただけます。
ただし、脂は酸化しやすい性質があります。
酸化すると雑味が生まれます。
サンマを干して長期保存することはできても、
酸化によって風味が劣化してしまいます。
そのため、サンマからダシを取る料理法が
ほとんどないのではないでしょうか。
トビウオにはトビウオの味わい方があるように、
サンマにはサンマの味わい方があるようです。