
北インドで生まれたメロンの祖先は、西と東に分かれ、
長い年月をかけて世界に伝わっていきました。
西に伝わったのが西洋種のメロンであり、
東に伝わったのが東洋種のウリです。
日本には紀元前からウリが伝わっていましたが、
明治時代になると欧米からメロンも伝わりました。
インドで別れたメロンとウリは、互いに地球を回って、
数千年ぶりに日本で再会を果たすことになりました。
しかも再会するだけでなく、メロンとウリが結ばれて、
新しい品種が日本で誕生しました。
それがプリンスメロンです。
プリンスメロンの両親は、日本のマクワウリの一種と、
西洋種のメロンの一種であるシャランテです。
網目のない薄緑色の果皮を持つ小振りなメロンであり、
グラデーションを持った橙色の果肉が特徴です。
マスクメロンのような芳香こそありませんが、
強い甘みがあります。
昭和36年に誕生して以来、手頃な価格のメロンとして、
文字通りフルーツ界のプリンスになりました。
ところで、プリンスメロンの誕生に先立つ昭和34年には、
当時の皇太子殿下(現在の上皇陛下)がご成婚されました。
あやかっているのではないかとも言われました。
当時は皇室に対する保守的な考えが残っていましたから、
皇室に対して不敬であるという声もあったそうです。
しかし、実際はそうではありません。
皇室とは全く関係がない命名です。
プリンスメロンは、横浜にある種苗会社が開発しましたが、
試食した青果団体が「プリンス会」という名称でした。
そのためプリンスメロンと名づけられました。
皇室に由来するものではありません。
ちなみに、皇太子殿下のご成婚パレードには数十万人が
沿道に集まって祝福しました。
皇太子妃となられた美智子妃殿下(現在の上皇后陛下)は、
広く国民に愛され、ミッチー・ブームが起きました。
その当時生まれた女の子は、皇太子妃にあやかって
美智子と名づけられることが多かったそうです。
またミッチー・ブーム世代は、プリンスメロンを
食べて育った世代ともちょうど重なります。
その世代に聞くと、必ずクラスに何人か美智子さんがいて、
学校給食にはプリンスメロンのカットが出たといいます。
しかし、昭和52年にアンデスメロンが誕生すると、
プリンスメロンはシェア第一位の座を譲ります。
次第にプリンスメロンの生産量は減少し続け、
今はもうフルーツ界のプリンスではありません。
また、昭和64年には皇太子殿下が天皇に即位され、
もうプリンスではありません。
プリンスがいつまでもプリンスでいられないのは、
皇室もメロンも同じなのでしょうか。