「お箸のお話」は、次の14章について書いています。
1 「いただきます」と「ごちそうさま」の心
2 映画「それから」に描かれたお箸の作法の美しさ
3 中国生まれの匙とお箸は先輩と後輩の関係
4 中国ではお箸のことを「箸」とは呼ばない
5 チョップスティックのチョップとは何か
6 お箸には神様が宿るという日本人の信仰
7 日本でお箸を使うようになったのは聖徳太子のおかげ
8 日本のお箸は美しい芸術品
9 手食とナイフ・フォーク食と箸食の違い
10 お箸が生み出した日本の椀物料理
11 お箸の作法として禁じられている「嫌い箸」
12 お箸を正しく持つ人が少なくなった理由
13 お箸と箸置きの関係は刀剣と鞘の関係
14 食育によって日本の食文化は救われる
料理技術の進歩とともに調理器具が発達し、調理器具の発達によって料理技術はさらに進歩しました。その関係は、食器についても同じことがいえます。料理技術が進歩すると、それに合わせて食器が発達し、食器が発達すると、それに合わせて料理が進歩していきました。
日本のお箸と和食の関係がまさにそうです。お箸で食べることを前提にしたことで、和食の料理方法は芸術的に磨かれ、芸術の域に達した和食のおかげでお箸の作法は洗練されていきました。そのために日本のお箸は、中国のお箸とも韓国のお箸とも異なった美しさを持っています。見た目が美しいだけではありません。お箸の作法も美しいのです。
よく指摘されるように、お箸の作法には「嫌い箸」と呼ばれる数多くの禁じ手があります。その数は二十とも三十ともいわれています。これほど多くの所作が細かく定められている食文化は日本の他にありません。それは一体なぜしょうか。おそらくそれは、食事に向き合う人の心映えの美しさを追究しようとする日本独自の精神文化に支えられているからではないでしょうか。
千数百年にわたって美しいお箸の作法に生み出してきた日本人の自然観や宗教観を振り返ってみると、日本人にとって食事をすることの本質とは何かを、ほんの少しだけ理解できるのではないかと思います。そういう思いを込めて「お箸のお話」を執筆しました。どうぞお楽しみください。