「100年先に伝えたい日本が愛する美味しい肴1」は、次の10品を紹介しています。
「てっさ」
「土瓶蒸し」
「蓮根餅」
「薯蕷蒸し」
「あん肝」
「信太巻き」
「牛レバ刺し」
「なめろう」
「豆腐よう」
「きぬかつぎ」
昔から「酒の肴」という料理があります。「酒のつまみ」または「酒のあて」ともいいます。肴(さかな)は、「魚」ではなく「酒菜」が語源ですが、酒の肴に魚料理が多いのは事実です。その理由は、日本酒が魚料理にたいへんよく合うからです。
西洋料理にはワインがよく合いますが、一般に「肉料理には赤ワイン、魚料理には白ワイン」といわれています。ボディのしっかりした重厚な赤ワインは、たしかに肉料理の美味しさを引き立て、酸味がほどよく効いた爽やかな白ワインは、魚料理の美味しさを引き立てます。
ところが、生魚の料理ではそういうわけにはいきません。どんなに辛口の白ワインでも、魚の生臭みが際立ってしまいます。その原因は、ワインの中に含まれる微量の鉄分です。生魚の脂質の酸化を促して、生臭い成分を発生させてしまいます。
西洋料理には生魚の料理が少ないので、あまり気にすることはないのかもしれませんが、例外的に、生牡蠣は西洋でもよく食べられます。その際は、レモンをたっぷり搾って磯の香りを抑え、とびっきり辛口の「シャブリ」という白ワインを飲みます。レモンの酸味が鉄分と結びついて脂質との反応を防いでくれます。
しかし「キャヴィア」のような魚卵となると、さすがのシャブリも太刀打ちできません。きりりと冷えたウォッカを飲むより他にありません。その点、日本酒は魚介類の生臭みを消し去り、風味をよくしてくれます。料理の下準備の段階で、魚介類を日本酒に浸しておく手法もあります。日本料理ではこれを「酒に泳がす」といいます。刺身や寿司のような生魚の料理ばかりではなく、煮魚にも焼き魚にも蒸し魚にも日本酒はよく合います。ですから、必然的に酒の肴には魚料理が多いと考えられます。
じつは酒の肴はご飯のおかずにも向いています。日本酒は米から醸造されるので、日本酒に合う料理が白米のご飯に合うのは当然かもしれません。ただし、ご飯のおかずはご飯を美味しくたくさん食べることを目的としていますが、酒の肴はゆっくりと酒を楽しむことが目的です。そのために、日常的に食べることが少ない、いわゆる「珍味」が供されることがあります。
たとえば、「酒盗」がその例です。カツオの内臓の塩辛のことですが、酒を盗んでも食べたくなるので、その名がつけられたといいます。よほど日本酒に合う珍味と考えられたのでしょう。同様に「ウニ」「コノワタ」「カラスミ」は、古来「日本三大珍味」として珍重されてきました。ウニを塩漬けにしたもの、ナマコのワタを塩漬けにして熟成させたもの、ボラの卵を塩漬けにして干したものです。
いずれも日本酒によく合いますが、何も珍しいものばかりが酒の肴ではありません。大根の葉に味噌をつけただけでも美味しい酒の肴になります。酒を飲む人にとっても、飲まない人にとっても、美味しい料理は美味しいのです。酒の肴は、万人が味わうことができる料理なのです。