おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしいことばを探してみましょう。

100年先に伝えたい日本の美味しい汁物料理

「100年先に伝えたい日本の美味しい汁物料理」は、次の品を紹介しています。

 

「けんちん汁」

「のっぺい汁」

船場汁」

「味噌汁」

「薩摩汁」

「豚汁」

「三平汁」

すいとん

「呉汁」

「潮汁」

 

 日本料理で用いられる「おわん」という食器には、二種類の漢字表記があります。漆器などの木製の器は「お椀」と書き、陶器は「お碗」と書きます。料理によってそれぞれ使い分けられ、「お吸い物」などの汁物料理を盛るときには「お椀」が使われ、ご飯を盛るときには「お碗」が使われます。また、「茶碗」という言葉があるように、お茶を飲むときや「茶碗蒸し」を作るときは「お碗」が用いられます。

 汁物料理を木製の「お椀」に盛るのは、日本料理の大きな特徴です。世界にはさまざまなスープ料理がありますが、たいていのスープは深みのある陶器の「スープ皿」に入れて、スプーンを使って口に運びます。陶器は保温性が高く、スープが冷めにくいからです。

 しかし、日本の食事の作法では、器を手に持ち、直接器に口をつけていただきます。陶器では手に重く感じられ、しかも器が手や口に直接触れると、熱すぎて火傷してしまいます。木製のお椀は、軽やかで熱が伝わりにくく、汁物料理には最適な食器なのです。

 西洋料理のスープと日本料理の汁物は、料理の性質も異なります。一般に、西洋料理のスープはコース料理の前菜の役割を担います。コンソメスープはその代表な料理です。コースの初めに味わうことで、胃が温まり食欲が高まります。まさに前菜に相応しい料理です。

 一方、日本料理の汁物は前菜ではありません。とくにお吸い物は、日本料理の華です。懐石料理や本膳料理では主役を務めることもあります。お吸い物などの椀物料理を担当する板前は「椀方」と呼ばれ、板場においては一目置かれる存在です。熟練した椀方の技術はまさしく芸術的です。「お椀」のフタを開けたときに立ち昇る芳香、漆黒の漆器や朱塗りの漆器に映える椀種の美しさ、ひと口吸ったときの究極の出汁の美味しさ、もはやこれは芸術品と呼ぶより他ありません。

 もちろん家庭料理における汁物は、料亭のような芸術品である必要はありません。たとえば味噌汁のように、心が和む優しい味わいがあればそれでよいのです。汁物料理が古くから人々に愛される理由もそこにあります。素材の旨みを深く味わうことができ、身も心も温まり、お腹が満たされる料理、それが汁物料理の大きな魅力です。

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