おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしいことばを探してみましょう。

山蕗と山吹の微妙な違い

 

早春のフキノトウの季節が終わると

陽春のフキの季節がやってきます。

 

フキノトウは「春立つ」季節の食材であり、

フキは「春闌(た)ける」季節の食材です。

 

市場に出回るフキの多くは栽培種ですが、

山野に自生するフキもあります。

 

栽培種に比べるとアクが強いのですが、

香りが高いのが特徴です。

 

栽培種と区別して「ヤマブキ」と呼ばれます。

漢字では「山蕗」と書きます。

 

フキの代表的な料理である「きゃら蕗」に適しています。

煮詰めても香りが失われないからです。

 

ところで、フキの季節になると咲き出す花があります。

ヤマブキの花です。

 

漢字では「山吹」と書きます。

文字通り、山吹色の花です。

 

山吹色は、輝くような鮮やかな濃い黄色です。

菜の花の黄色ともタンポポの黄色とも違います。

 

よく大判小判の色にたとえられることがあり、

時代劇にもしばしば登場します。

 

「お代官様、どうぞこれをお納めください。」

「何じゃ、菓子折りではないか。」

「はい。お代官様のお好きな山吹色の菓子でございます。」

「ふふふ。越後屋、その方も悪じゃのう。」

 

もちろん本当の菓子ではありません。

山吹とは大判小判の異名です。

 

悪徳代官が悪徳商人から賄賂を受け取る場面です。

時代劇では定番です。

 

また、山吹には太田道灌の有名な逸話があります。

いわゆる「山吹伝説」です。

 

太田道灌室町時代中期に関東で活躍した武将です。

武芸だけでなく歌道や学問にも秀でていました。

 

しかし若い頃から歌人であったわけではありません。

ある出来事を機に和歌に目覚めました。

 

あるとき道灌が鷹狩りに出かけたとき、

にわか雨に遭ってしまいました。

 

蓑(みの)を借りようと農家に立ち寄ったところ、

娘が出てきて一枝の山吹の花を差し出しました。

 

「いや、山吹ではない。蓑が要るのじゃ。」

そう言っても娘は黙っています。

 

結局、道灌は蓑を借りることができずに城に戻り、

家臣にこの不思議な話をしました。

 

すると家臣は、それは「後拾遺和歌集」に収められた

兼明親王の和歌であろうと説明しました。

 

「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき」

という和歌です。

 

「山吹は七重にも八重にも花が咲くけれども、

実の一つさえ生らないのが悲しいことだ。」

 

現代語に訳すとそういう意味になりますが、

「実の」と「蓑」が掛詞になっています。

 

娘は「蓑一つさえ持ち合わせないのが悲しいことです」と

言いたかったのです。

 

山里に住む農家の娘がそのような和歌を知っていることに

道灌は驚き、感心しました。

 

同時に、自分が知らなかったことを深く恥じ入りました。

その後は歌道に励み、名高い歌人となりました。

 

また、道灌は江戸城を築城したことでも知られています。

徳川家康が江戸に移ってくる百年以上も前のことです。

 

江戸が大都市に成長するのは家康以降のことです。

道灌の時代は草木が生い茂る原野に過ぎません。

 

そのような原野に暮らしている農家の娘が

和歌に精通していたのは不思議です。

 

もしかしたら教養ある高貴な隠遁者の娘か、

平家の落ち武者の末裔だったかもしれません。

 

史実にはしてはやや出来すぎのところもありますが、

そこはあくまで伝説ということで。