山田洋次監督の「武士の一分」という映画があります。
藤沢周平の小説を原作とした時代劇です。
ネタバレになるので詳しい紹介はできませんが、
たいへん美しい夫婦愛の物語です。
今はもうお亡くなりになった十代目坂東三津五郎や
緒形拳などの豪華キャストが出演しています。
木村拓哉が演じる主人公は、海坂藩の下級武士です。
妻と仲睦まじく暮らしています。
優れた剣術の腕前を持ちながら、それを活かす機会もなく、
藩主の毒見役を務めています。
ちなみに海坂藩というのは、実在しない架空の藩です。
藤沢周平の時代小説にしばしば登場します。
モデルは庄内藩ではないかといわれています。
藤沢周平の出身地だからです。
「たそがれ清兵衛」も海坂藩が舞台です。
じつに味わい深い映画です。
「武士の一分」でも、やはり庄内弁が使われています。
ロケもかつての庄内藩の鶴ヶ岡城跡で行われました。
映画には、主人公が毒見をする様子が描かれています。
藩主が召し上がる前に料理を食べる場面です。
五人の毒見役が厨房の隣の部屋で待機しています。
そこに五種類の料理が運ばれてきます。
おそらく藩主の食事は「一汁三菜」なのでしょう。
白米のご飯に、一品の汁物と三品のおかずです。
五人がそれぞれ料理を食べ、体調に異変がなければ、
藩主がいらっしゃる奥座敷に料理が運ばれていきます。
ところが、主人公が毒に当たって倒れてしまいます。
重体に陥りますが、何とか一命を取り留めます。
それでも後遺症のために視力を失ってしまいます。
絶望する主人公を妻が必死に支えていきます。
「武士の一分」の「一分」とは一身の面目のことです。
武士の面目にかけて、主人公はある行動を取ります。
ネタバレになるので詳しい紹介はできませんが、
たいへん美しい夫婦愛の物語です。
ところで、主人公が当たった毒とは何だったのでしょうか。
映画では「赤つぶ貝」の毒ということになっていますが、
実際に「赤つぶ貝」という名称の貝類はありません。
敢えて存在しない名称にしたのだと思われます。
また、正式に「つぶ貝」という標準和名を持つ貝類はなく、
エゾバイ科に属する巻貝を一般に「つぶ貝」と呼びます。
日本各地に「つぶ貝」と呼ばれる貝類が多くありますが、
「白つぶ貝」はあっても「赤つぶ貝」はありません。
ただし「つぶ貝」の中には毒を含む種類があることは事実です。
唾液腺に含まれる「テトラミン」という物質です。
中枢神経に作用し、吐き気、めまい、頭痛を引き起こします。
一時的に目が見えなくなる症状が出ることもあります。
熱に強い物質なので、加熱調理しても分解されません。
下処理の際に唾液腺を取り除かなければなりません。
もちろん、魚屋さんで売られている「つぶ貝」の剝き身は、
事前に下処理されているので心配ありません。
お寿司屋さんの「つぶ貝」の握り寿司や刺身も安全です。
こりこりした食感と磯の香りを味わうことができます。
毒に当たって命を落とすようなことは絶対にありませんが、
美味しくて頬っぺたが落ちることはあるかもしれません。