おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしいことばを探してみましょう。

コノシロが嫌われる理由

成長するにつれて名前が変わる魚を「出世魚」といいます。

たとえば、ブリやスズキが代表的な出世魚です。

 

ブリは、ワカシ、イナダ、ワラサ、ブリと名前が変わり、

スズキは、セイゴ、フッコ、スズキと名前が変わります。

 

ただし、統一した正式名称があるわけではなく、

地域によって異なる呼び名があります。

 

名前が変わる理由は、魚体の大きさによって、

商品価値が変わるためであるといわれています。

 

また、成長すると脂が乗って肉質が変わるので、

料理方法が変わるためであるともいわれています。

 

たとえばワカシやイナダは脂が少なく煮魚に適しています。

ワラサは適度に脂が乗り、刺身や寿司に適しています

 

ブリは脂が強いので、照り焼きに適しています。

それぞれ脂の乗り具合によって使い分けられます。

 

通常は、成長するほど商品価値が高まっていきますが、

逆に価値が下がってしまう変わった出世魚がいます。

 

それがコノシロです。

 

シンコ、コハダ、ナカズミ、コノシロと名前が変わりますが、

シンコが最も価格が高く、コノシロが最も安くなります。

 

シンコやコハダは、酢で締めて寿司ネタに使われます。

いわゆる「光りもの」です。

 

特にシンコは、獲れる季節が梅雨明けから夏に限られるため、

寿司の通には珍重されています。

 

コハダより小さく、下処理するのに手間がかかりますが、

繊細な味わいが魅力です。

 

コノシロも酢で締めて寿司ネタに使われることがあり、

かつては「バッテラ」に使われていました。

 

バッテラはポルトガル語で「小舟」を意味します。

コノシロの魚体が小舟に似ているからです。

 

バッテラは大阪で生まれた押し寿司ですが、

昔は大阪湾で大量にコノシロが獲れたそうです。

 

しかし、コノシロの漁獲量が激減したために、

今ではサバが使われるようになりました。

 

ところで、なぜコノシロは価格が安いのでしょうか。

じつは嫌われる理由がいくつかあります。

 

バッテラを作るときにコノシロを「腹開き」にするので、

「腹切り魚」と呼ばれていたからです。

 

大阪は商人の街ですから気にしないかもしれませんが、

江戸は武士の街ですから「腹切り魚」は忌み嫌われます。

 

また、コノシロを食べることは「この城を食べる」ことです。

武士にとって大切な城を食べられてはたまりません。

 

そのため江戸幕府はコノシロ禁止令を出したことがあります。

庶民はそれ以来コノシロをコハダと呼ぶようになりました。

 

コノシロが嫌われるもう一つの理由は、焼いたときの臭いです。

遺体を焼いた臭いがするといわれているからです。

 

もちろんそのようなことはありませんが、

次のような伝承が残っています。

 

昔、下野国の長者に一人の美しい娘がいました。

常陸国国司が娘に惚れ込んで求婚しました。

 

娘が嫌がっていることを知った娘思いの両親は、

娘が病死したと国司に偽りました。

 

国司はそれが信じられず、使者を送って確かめました。

長者は棺に魚を入れて使者の前で火葬しました。

 

たちまち遺体を焼く臭いが辺りに立ち込めました。

使者は娘の死を信じ、帰国して国司に報告しました。

 

このとき娘の身代わりになって焼かれた魚は、それ以来、

「娘の代」と書いてコノシロと呼ばれるようになりました。

 

あくまで伝承に過ぎませんが、各地に似た話が残っています。

コノシロが傷みの早い魚であるせいでしょうか。

 

価格が安いのは事実ですが、コノシロの名誉のために言うと、

塩焼きにしても美味しく食べられる魚です。