おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしいことばを探してみましょう。

コノワタが好かれる理由

ナマコほど外見が嫌われる食材はありません。

とても美味しそうには見えません。

 

初めてナマコを食べた人は一体誰でしょうか。

たいへん勇気がある人物だと思われます。

 

夏目漱石の「吾輩は猫である」の中にも

全く豪胆だという記述があります。

 

しかし、ナマコは魚のように動きが機敏ではなく、

攻撃性もありません。

 

魚に比べると、ナマコを捕獲するのは難しくなく、

古代から食用にされてきました。

 

一般には酢の物にして食べることが多く、

コリコリした食感が味わえます。

 

日本近海には百数十種類のナマコがいるそうですが、

食用になるのは主に「マナマコ」です。

 

生息する海域によって体の色に違いが見られ、

赤ナマコ、青ナマコ、黒ナマコに分けられます。

 

赤は岩場、青は砂底、黒は泥底に生息しています。

そのうち最も流通量が多いのは赤ナマコです。

 

今でこそ、ナマコは庶民的な食材ですが、

昔はたいへんな高級品でした。

 

内臓を取って干したナマコは「いりこ」と呼ばれ、

朝廷への調物とされていました。

 

江戸時代になると、干しアワビやフカヒレとともに、

干しナマコが中国に輸出されるようになりました。

 

いずれも中華料理には欠かせない食材であり、

現在も日本から輸出しています。

 

ところで、取り除かれた内臓はどうするのでしょうか。

捨ててしまうのでしょうか。

 

もちろん捨てたりしません。海水で洗って塩に漬けます。

それが「コノワタ」と呼ばれるナマコの塩辛です。

 

寒い季節に作られたものが極上といわれています。

ウニやカラスミと並ぶ日本三大珍味の一つです。

 

コノワタ能登の名産品として平安時代から知られ、

室町時代には皇室や足利将軍家に献上されました。

 

三河湾産のコノワタも良質とされ、尾張徳川家から

徳川将軍家に献上された記録が残っています。

 

コノワタが好かれる理由は、美味しいばかりでなく、

希少感と高級感があるからではないでしょうか。

 

もらった相手が喜ばないはずはありません。

贈答品には最適な食材です。

 

外見は嫌われるのに内臓の塩辛は愛されています。

ナマコは何とも不思議な生きものです。