「ビーフ・イーター」と呼ばれる人々がいます。
「牛肉を食べる人」という意味です。
牛肉を食べる人なら誰でもビーフ・イーターかというと、
そういうわけではありません。
イギリス人のことを意味するいわゆる俗語です。
インド人が呼び始めたといわれています。
インド人の多くはヒンドゥー教徒ですから、
牛を聖なる動物として崇めています。
牛乳を乳製品に加工して食べることはありますが、
牛肉を食べることはありません。
ところが、イギリスがインドを統治するようになると、
イギリス人たちが牛肉を食べるのを目にします。
何と野蛮な人たちであろうかと侮蔑の意味を込めて、
ビーフ・イーターと呼ぶようになったそうです。
もちろん現在のインドではそうした呼称は使われませんが、
古い文学作品には残っています。
もう一つ、ビーフ・イーターには別の意味があります。
イギリスのロンドン塔の衛兵隊のことです。
正式には「ヨーマン・ウォーダーズ」といいますが、
通称ビーフ・イーターと呼ばれています。
ただし英語の発音はビーフ・イーターではなく、
ビフィーターといいます。
衛兵隊は国王の護衛を担う重要な役職であり、
正装の赤い制服に金色の線が入っています。
ロンドン塔を訪れる観光客に昔から親しまれ、
世界的に知られています。
お酒が好きな方ならお気づきかもしれませんが、
ロンドンドライジンのブランドにもなっています。
国王の衛兵隊ですから、常に国王のそばにいます。
晩餐の席でも国王を守ります。
国王が食べ残した牛肉を持ち帰ることも許されました。
ビーフ・イーターの名前はそれに由来します。
昔は牛肉が高級食材ですから、衛兵隊は羨望の的であり、
ビーフ・イーターは皮肉が込められた呼称かもしれません。
周囲からは、国王のご機嫌をうかがう役職であると思われ、
「太鼓持ち」の意味合いもあったようです。
ビーフ・イーターの語源はフランス語という説もあります。
食事番を意味する「ブッフェティエ」です。
「ソムリエ」や「パティシエ」のようにフランス語では、
「イエ」がつくと「する人」を意味します。
国王のブッフェの準備をする人はブッフェティエです。
これもまた皮肉が込められた呼称です。
実際に国王の食事の準備をすることはありませんが、
国王の食事を警護する任務を負っていました。
ブッフェティエがいつしかビーフ・イーターに転訛しても
不思議ではありません。
いずれにしても憧れの役職なのです。