おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

世界を救う昆虫食その4 カイコのサナギ

カイコは約五千年前から人間に飼育されてきました。

完全に人間の手で家畜化された唯一の昆虫です。

 

今では野生に回帰する能力が全く失われてしまいました。

人間の世話がなければ生きていくことができません。

 

幼虫は桑の葉を食べますが、成虫は何も食べません。

翅があっても飛ぶことはできません。

 

サナギから羽化した成虫は、交尾と産卵をした後に

数日で死んでしまいます。

 

人間に対する貢献度が限りなく大きい昆虫だけに

何だかかわいそうな気もします。

 

日本はかつて世界最大の生糸と絹織物の輸出国でした。

養蚕業が盛んで、桑畑が全国各地に点在していました。

 

絹糸はカイコの繭から紡ぎ出されます。

大釜で繭を茹で上げ、ほぐれた糸を紡いでいきます。

 

その過程で繭の中のサナギは死んでしまいます。

やはり何だかかわいそうな気がします。

 

せめて羽化まで待ってあげることはできないのでしょうか。

 

残念ながらそれはできません。

カイコが羽化するとき、繭を破ってしまうからです。

 

繭は主にフィブロインというタンパク質からできています。

成虫は口からタンパク質を分解する酵素を出して繭を溶かします。

 

寸断されてしまった絹糸は使いものにならないそうです。

そのため羽化する前に生糸を紡がなくてはなりません。

 

繭から生糸をすべて取り外すと中にカイコのサナギが残ります。

これを「蚕蛹(さんよう)」といいます。

 

栄養価が高く、主に飼料に利用されることが多いのですが、

佃煮にして食用にすることもあります。

 

私の故郷の福島もかつては養蚕業や製糸業が盛んでした。

祖母の話によると蚕蛹の佃煮をよく食べたといいます。

 

美味しかったかと尋ねると祖母は笑いました。

そして「昔は食べるものがなかったからね」と言いました。

 

いつか食べてみたいと思いながら機会がありませんでしたが、

ソウルに旅行したとき、初めて食べることができました。

 

韓国では「ポンテギ」と呼び、露店で売っています。

紙コップに入って爪楊枝がついていました。

 

値段は日本円で数十円程度だったと覚えています。

韓国では手軽なスナックとして愛されているそうです。

 

美味しいかと尋ねられれば、答えるのは難しいのですが、

食べ慣れればやみつきになるかもしれません。

 

いずれにせよ、かなりクセのある独特の味でしたが、

中国や東南アジアでも一般的に食用とされているそうです。

 

ところで福島県から吾妻連峰を超えて山形県に入ると米沢市があります。

「米沢紬」という絹織物で知られています。

 

絹織物が産出される土地ですから、当然のこと養蚕も盛んです。

江戸時代の米沢藩の名君、上杉鷹山公が推奨したそうです。

 

拙著「四季の菜摘み」にも書きましたが、上杉鷹山公は、

米沢藩の中興の祖と称えられる第九代の藩主です。

 

殖産興業、つまり今でいう「地域おこし」を次々と促し、

領地取り上げの危機にあった米沢藩の財政を立て直しました。

 

食料難に備えるため、米沢城のお濠で鯉の養殖にも着手しました。

領民の栄養不足を懸念しての事業です。

 

今では「米沢鯉」としてすっかり名産品になっています。

身が締まっていて泥臭くないのが特徴です。

 

その鯉の養殖に一役買ったのが、養蚕から必然的に生じる蚕蛹です。

鯉にとってこれ以上のエサはありません。最高の御馳走です。

 

カイコのサナギは入手しやすく栄養価も十分です。

現代ではさまざまな養殖魚のエサに加工されています。

 

さらに食用に活用する研究開発も進められています。

粉状にして食品加工するアイディアもあるそうです。

 

栄養バランスに優れていることから宇宙食にも向いています。

宇宙ステーションの食糧として候補にも挙がっています。

 

考えてみれば「蚕」という字は「天」に「虫」と書きますから、

宇宙ステーションで活躍しても不思議ではありません。