おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

舞茸を食べると本当に舞うのか

今昔物語集には、舞茸を食べた人が舞ってしまう奇怪な話が出てきます。

第二十八巻の「尼共山に入り茸を食ひて舞ひし語」がそれです。

 

今は昔、京に住む木こりたちが北山に出かけて道に迷ってしまいました。

すると、山中から四、五人の尼が舞い踊りながらこちらに向かってきます。

 

木こりたちは、天狗か鬼神が現れたと思い、恐れおののきました。

しかし、勇気を出して訊いてみました。

 

あなた方はなぜ踊っているのですか。

 

尼たちは踊りながら答えます。

私たちが舞い踊っているのを不審に思っていらっしゃるでしょう。

 

私たちは里に住む尼です。決して怪しい者ではありません。

仏様に供える花を摘みに来ましたが、道に迷ってしまいました。

 

茸を見つけたので、空腹に耐えかねて焼いて食べたところ、

不思議なことに舞いが止まらなくなってしまったのです。

 

それを聞いた木こりたちは呆れてしまったということです。

 

たしかに山中で舞い踊る尼に遭遇したら驚くに違いありません。

山に慣れている木こりもさすがに怖かったのではないでしょうか。

 

この話はまだ続きがあります。

 

木こりたちも空腹だったので、尼から茸をもらって食べてみると、

同じように舞い踊り出してしまいました。

 

尼も木こりもお互いに舞いながら笑い合いましたが、

やがて酔いが醒めるように無事に家に帰ったということです。

 

それ以降、この茸を舞茸と呼ぶようになったそうですが、

これを食べた人が必ず舞うわけではないということです。

 

今昔物語集に描かれている舞茸は、現在の舞茸ではありません。

おそらくオオワライタケという茸ではないかと考えられています。

 

オオワライタケは世界各地に自生する毒キノコの一種です。

食べると幻覚症状を引き起こす危険性があるそうです。

 

苦味が強いのですが、食用にする地方もあるといいます。

煮て塩漬けにすることで毒が緩和されるそうです。

 

食料の少ない地域では、冬の間の貴重な保存食だったのでしょう。

とくに東北地方の北部では、身近な食材だったようです。

ニガキノコ、オドリタケ、ワライモダシなどの別称も伝わっています。

 

ところで、舞茸を食べると本当に舞うのでしょうか。

 

舞茸は毒キノコではありません。

中毒や幻覚を起こすことは絶対にありません。

まして体が勝手に踊り出すこともありません。

 

ただし、舞茸は香り豊かで旨みと歯応えがある茸です。

舞茸を使った美味しい料理もたくさんあります。

 

食べる人を幸せな気持ちにしてくれる食材であるのは事実です。

美味しくて舞いたい気分になることはあり得るかもしれません。

 

念のため。