おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

竹に虎とはどんな料理か

「牡丹に唐獅子、竹に虎」という図柄があります。

調和の取れた相性のよい組み合わせとされています。

 

梅に鶯、松に鶴、紅葉に鹿などと同様に昔から伝わる図柄です。

 

京都南禅寺の方丈の欄間の両面透かし彫りは有名です。

名工と謳われた左甚五郎の作と伝えられています。

 

しかし「牡丹に唐獅子、竹に虎」は相性がよいだけではありません。

じつは別の意味も込められています。それは身の拠り所です。

 

百獣の王、唐獅子も「身中の虫」には弱いといいます。

体中に取りついて唐獅子の肉を食らう恐ろしい虫です。

 

しかし、牡丹の花から滴る夜露に当たるとその虫は死んでしまいます。

そこで唐獅子は、夜になると牡丹の花の下で眠ります。

 

唐獅子にとって牡丹が身の拠り所なのです。

 

百獣の王、虎も同様です。無敵の虎も群れをなした象には敵いません。

しかし竹薮の中に逃れれば、巨体の象は追って来ません。

 

虎にとって竹が身の拠り所なのです。

 

おそらく南禅寺の透かし彫りは、こう尋ねているのではないでしょうか。

あなたにとって身の拠り所は何かと。

 

唐獅子や虎と違い、人の身の拠り所はこの世のどこにもありません。

あるとすれば、個々の心のうちに隠れている仏性です。

 

それを見つけよと、透かし彫りは諭しているように感じられます。

いかにも禅宗のお寺らしい有難い教えがそこに示されています。

 

さて話は変わりますが、「竹に虎」という名の料理があります。

長ネギとお揚げの味噌汁のことです。

 

長ネギを竹に、お揚げを虎にたとえているのです。

なかなか趣のある命名だと思います。

 

私が子どもの頃に読んだ小説に書いてありました。

たしか下村胡人の「次郎物語」だったと記憶しています。

 

朝早く、父親が嬉しそうに次郎に告げます。

「おい、喜べ。今朝の味噌汁は竹に虎だぞ。」

 

竹に虎がたいへんなご馳走であることがうかがえます。

あるいは次郎の大好物だったのかもしれません。

 

お揚げは万人に愛される食材です。

味噌汁の具としても人気があります。

 

相性がよいのは長ネギだけでありません。

大根、ジャガイモ、白菜、青菜など様々な味噌汁に合います。

 

お揚げが入ると、味噌汁にコクと旨みが増します。

煮干しの力強い出汁にも負けていません。

 

しかし、なぜかお揚げ単品の味噌汁は少し寂しい感じがします。

季節が感じられないせいでしょうか。

 

やはり季節の食材と組み合わせた方が、お揚げは美味しくなります。

竹に虎と同様に、お揚げも身の拠り所を求めているのかもしれません。