おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

桃栗三年柿八年

桃と栗は芽が出てから三年で、柿は八年で実を結びます。

何かを成就するには相応の時間がかかることのたとえです。

 

古くから言い伝えられていることわざですが、

実際のところは何年かかるのでしょうか。

 

調べてみると桃栗三年は妥当な年数のようですが、

柿は六年で実ることもあるそうです。

もちろんたわわに実るにはさらに多くの年月がかかります。

 

ところでこのことわざには続きがあります。

私が知っているものはこういう言葉です。

 

柚子の大馬鹿十八年

 

私が知っているものとわざわざ断るには理由があります。

それは私が知らない表現も他にたくさんあるからです。

 

たとえばこんな表現があります。

 

柚子は九年で成り下がる

柚子は九年の花盛り

柚子は遅くて十三年

 

柚子だけではありません。梅もあります。

 

梅は酸いとて十三年

梅は酸い酸い十八年

 

他に枇杷もあれば梨もあります。

地方によって扱われる果物が違うようです。

 

しかしどうして後半の表現はたくさんあるのに

前半は桃栗三年柿八年に定着したのでしょうか。

 

それは前半部分だけが先に作られたからです。

桃栗三年柿八年が登場するのは平安時代だそうです。

 

「口遊(くちずさみ)」という書物を編集した源為憲(ためのり)が

作ったと伝えられています。

 

口遊とは太政大臣藤原為光(ためみつ)が七歳になる息子のために作らせた

いわば児童向けの言葉の学習書です。

 

この息子は後に藤原誠信(さねのぶ)となる人物ですが、

幼少期はたいへんな優秀であり詩歌の才能があったそうです。

 

父の為光は息子の才能を伸ばしたいと思い当時文人として知られた

源為憲に子どもが暗唱しやすい短文の言葉集を編集させました。

 

全文が現存していないので正確にはわかりませんが

その口遊の中に桃栗三年柿八年があったそうです。

 

さて天才と謳われた息子は成長して藤原誠信となりますが、

嘱望された詩歌の才能はどこかに消えてしまいました。

 

残念ながら歌人として名を残すことはありませんでした。

早熟の果実が必ずしも美味しいとは限りません。

 

桃栗三年柿八年

何かを成就するには相応の時間がかかるようです。