おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

手軽で美味しいレバーペースト

レバーを苦手とする人は少なくありません。

味や臭いや食感がその理由だと思います。

 

レバーはかなり個性の強い食材です。

決して万人向けではありません。

 

そのため、いかにレバーを美味しく料理するか、

長年にわたって工夫が施されてきました。

 

その料理の一つがレバーペーストです。

 

香辛料や香味野菜を使ってレバーの臭みを消し去り、

バターや生クリームで食感をまろやかにします。

 

じつに洗練された完成度の高い料理です。

 

レバーペーストは、牛でも豚でも鶏でも作れます。

それぞれの風味の違いを楽しむことができます。

 

血抜きしたレバーとニンニクと玉ネギを炒めます。

白ワインとローリエを加えて煮込みます。

 

牛乳と生クリームを加えてひと煮立ちします。

火を止めて粗熱を取ります。

 

ローリエを取り除き、バターと一緒に撹拌します。

ミキサーかフードプロセッサーを使います。

 

バターの塩分である程度の塩味がついていますが、

さらに塩と胡椒で味を調えます。

 

滑らかになるまでよく撹拌します。

容器に移し替えて冷蔵庫で冷やします。

 

軽くトーストしたバケットに塗っていただきます。

ブラックオリーブやケイパーを添えても美味しいです。

 

鶏レバの滋味

フォアグラほど高級食材ではありませんが、

鶏レバも美味しい食材です。しかも安価です。

 

新鮮な鶏レバが手に入ったとき、私はよく時雨煮を作ります。

甘辛煮とも呼ばれる鶏レバの定番料理です。

 

美味しく仕上げるコツは下処理にあります。

鶏レバの臭みを取る作業です。

 

一口大に切った鶏レバを水にさらして血抜きします。

さらに熱湯をさっとかけて霜降りにします。

 

牛レバや豚レバは牛乳にさらして血抜きしますが、

鶏レバはそこまでする必要はありません。

 

鶏レバと千切りにしたショウガを鍋に入れます。

醤油、みりん、砂糖、日本酒で煮込みます。

 

煮汁がなくなる程度に煮詰めれば出来上がりです。

やや濃い目の味つけが美味しいです。

 

鶏レバはハツ(心臓)と繋がっているので、

レバと称してハツが一緒に売られることがあります。

 

しかし、レバとハツは食感が全く異なります。

コリコリした歯応えがハツの特徴です。

 

ハツの時雨煮も決して悪くはないのですが、

焼いたり炒めたりした方が私は好きです。

 

ハツは、周りについている白い脂肪を取り除きます。

縦半分に切って、水にさらして血抜きします。

 

フライパンでさっと炒めて塩を振ります。

レモンを搾ると最高の一品になります。

 

魚のグリルを使って鶏レバとハツを焼くこともあります。

塩を振って強火で焼くだけです。

 

せっかくですから、長ネギやシシトウも一緒に焼きます。

ちょっとした焼鳥屋さんの気分になれます。

 

鶏レバは、火を通し過ぎないように焼くのがコツです。

焼き過ぎるとパサパサになってしまいます。

 

しっとりと軟らかく焼き上げると絶品です。

鶏レバの滋味が感じられます。

 

フォアグラは虐待の産物か

世界で最も高級とされているレバはフォアグラです。

ガチョウやアヒルの肝臓のことです。

 

フランス料理ではとくに高級食材として珍重されています。

クリスマスやお祝いの御馳走には欠かすことができません。

 

キャヴィア、トリュフとともに世界三大珍味とされていますが、

それほど入手が困難というわけではありません。

 

まともなレストランであれば、むしろありふれた食材です。

日本料理の格でいうと、本マグロの中トロあたりでしょうか。

 

ちなみに、キャヴィアとトリュフを日本料理の格でいうと、

トラフグの白子と松茸あたりではないかと私は考えています。

 

フォアグラの特徴は、何と言ってもその脂肪分にあります。

全体の6割を脂肪分が占めます。

 

フォアグラの脂肪は、牛や豚の脂身と違って常温でも融けます。

そのためパテやテリーヌのような冷製料理にも向いています。

 

逆にソテーするときは気をつけなければなりません。

強火では、せっかくの脂肪分が流れてしまいます。

 

トリュフとの相性がよく、一緒にソテーにすることがあります。

ヒレステーキに乗せたロッシーニ風は、定番料理の一つです。

 

ところで、フォアグラは一羽から一個しか取れません。

そのためできるだけ鳥を大きく太らせる必要があります。

 

フランスには昔からエサを無理やり食べさせる職人がいました。

鳥の口に漏斗のような器具を突っ込み、エサを流し込むのです。

 

窒息しない程度に大量のエサを食べさせる技術があるそうです。

鳥は、やがてお腹が地面に付くほどに丸々と成長します。

 

こうした飼育方法をフランス語でガヴァージュといいます。

日本語では、「強制給餌」と訳します。

 

伝統的な飼育方法ですが、やや残酷にも感じられます。

虐待だと主張する人も少なくありません。

 

一方で、苦痛を与えるものではないという主張もあります。

動物愛護の観点から、論争は今も続いています。

 

現在では強制給餌を禁止する国や地域が増えつつありますが、

代わりに野生に近い状態で飼育する方法も模索されています。

 

豊かな自然環境で放し飼いにして伸び伸び育てる方法です。

ストレスがなく良質のフォアグラが生産できるそうです。

 

飼育期間とコストはかかるかもしれませんが、

もともとフォアグラは珍味です。

 

そのくらい手間暇かけてもよいのではないでしょうか。

 

牛レバ刺しにはもう会えないのか

牛レバ刺しが食品衛生法で禁止されてから10年になります。

現在では、お店で牛レバ刺しを提供することができません。

 

お肉屋さんでも生食用の牛レバは販売していません。

取り扱っている牛レバはすべて加熱調理用です。

 

牛レバ刺しはどこで売っているのかという問い合わせが多く、

当初は、お肉屋さんにも戸惑いがあったそうです。

 

新鮮な牛レバなら、加熱調理用でも生で食べて大丈夫だろうと

安易に考えているお客さんもいたといいます。

 

たとえ新鮮でも牛レバの生食は安全ではありません。

食中毒を引き起こす危険性があります。

 

牛レバ刺しが禁止されて残念な気持ちはわかりますが、

軽率な行動を取るべきではありません。

 

仮に生で牛レバを食べて食中毒が発生した場合、

販売したお肉屋さんに迷惑がかかります。

 

何よりも食べた本人が重篤な症状に陥るかもしれません。

腸管出血性大腸菌により死亡する事例もあります。

 

では、牛レバ刺しにはもう会えないのでしょうか。

 

本物の牛レバ刺しを食べることはできませんが、

合法牛レバ刺しという料理があります。

 

低温調理法によって、牛レバ刺しの味と食感を再現した料理です。

厚生労働省の定めた加熱調理の基準をきちんと順守しています。

 

厚生労働省では、肉の中心部の温度を63℃で30分以上保つか、

または75℃で1分以上保つ必要があると定めています。

 

真空パックした牛レバを一定温度で一定時間湯煎にかけて

生肉に近い状態を保つ料理です。

 

焼いたり、炒めたりするのとは違ってしっとり仕上がります。

しかも加熱によって旨みが活性化します。

 

ただし、火の通し過ぎには注意しなくてはなりません。

レバだけに火加減は何より肝心です。

 

見た目はローストビーフを思わせる鮮やかなピンク色です。

さすがに牛レバ刺しのような深い小豆色ではありません。

 

しかし、味と食感は牛レバ刺しそのものです。

塩とゴマ油で食べてみるとよくわかります。

 

まるで10年前に別れた恋人と再会した気分です。

感動的な再会です。

 

スッポンの肝の刺身

スッポンは、高級食材として料亭や専門店で扱われます。

 

甲羅や爪など、食べられない部位もありますが、

ほとんど捨てるところがありません。

 

生き血も古くから強壮剤として用いられてきました。

そのままではなく、日本酒と混ぜて飲みます。

 

それでも生臭みが完全に消えるわけではありません。

美味しいかどうかは、人によって意見が分かれます。

 

スッポン料理といえば、スッポン鍋が定番です。

通称「丸鍋」と呼ばれています。

 

出汁は取らずに水とスッポンだけで料理します。

土鍋に入れて、高温で一気に焚き上げます。

 

味つけは、醤油と味醂と日本酒だけです。

それだけで十分に美味しい味が出ます。

 

鍋の最後にはご飯を入れて雑炊にします。

スッポンの旨みが滲み込んだ逸品です。

 

丸鍋の他にも、いくつかスッポン料理があります。

煮凝り、湯引き、唐揚げ、網焼き、刺身などです。

 

スッポンはたいへんコラーゲンに富む食材です。

とくにエンペラはコラーゲンのかたまりです。

 

エンペラとは甲羅の周りの皮のことです。

煮凝りや湯引きに向いています。

 

くにゅくにゅした独特の食感が味わえます。

 

刺身には、身肉だけでなく内臓も使います。

心臓、肝臓、卵、白子などです。

 

内臓の刺身が美味しいのはスッポンの特徴です。

肝を刺身で食べられるのは嬉しいことです。

 

スッポンの肝は、魚の肝よりも鶏の肝に似ています。

ハチュウ類ですから鳥類に近いのかもしれません。

 

もっともハチュウ類の肝を刺身で食べるのは、

スッポンくらいでしょうか。

 

生臭みがなく上品でふくよかな味わいがあります。

 

肝が美味しい魚といえば

魚の肝は魚卵と同様に栄養価の高い部位です。

脂肪分が多く、濃厚な味が特徴です。

 

肝が美味しい魚といえば、アンコウが挙げられます。

いわゆる「あん肝」です。

 

酒蒸しにしてアサツキを散らしてポン酢でいただきます。

奥深い味わいは「海のフォアグラ」と呼ばれています。

 

しかし生で食べることはなく、普通は加熱調理します。

あん肝の刺身というのは聞いたことがありません。

 

肝の刺身が美味しい魚は、カワハギです。

 

皮が分厚いので、皮を剥いでから捌きます。

それがカワハギという名前の由来です。

 

魚屋さんでは、皮を剥いだ状態で売られることもありますが、

もう一枚薄い皮があるので、それを引いてからおろします。

 

身は弾力があるので、刺身にするときは薄切りにします。

トラフグの刺身のような歯応えが楽しめます。

 

透明感のある白身は、刺身にするとたいへん美味しいのですが、

肝の刺身もまた絶品です。

 

じつは、カワハギの肝も「海のフォアグラ」と呼ばれています。

口の中でとろけるような旨みと甘みがあります。

 

肝を醤油に溶いて刺身につけて食べるのも美味しいです。

さっと湯引きにしてもポン酢で食べても美味しいです。

 

以前、お寿司屋さんで肝を軍艦巻きにしてもらいました。

これ以上ないほどの美味しさです。

 

カワハギは夏なると旬を迎える魚ですが、

肝が育つ晩秋のカワハギを好む人もいます。

 

よくカワハギは、トラフグに次ぐ美味しさと言われます。

トラフグに劣らない美味しさとも言われます。

 

しかし、トラフグを超える美味しさとは言われません。

カワハギはトラフグに勝てないのでしょうか。

 

決してそのようなことはありません。

勝っている点があります。

 

それはカワハギの肝です。

トラフグの肝には毒があり、素人では料理できません。

 

誰でも肝の刺身を美味しく食べられることに関しては

カワハギがトラフグに勝っていると言えます。

 

鯉の生き胆は万能薬か

鯉は滋養に富み、昔から強壮剤として用いられていました。

とくに生き胆は、病弱な人の薬とされてきました。

 

宮沢賢治が肺炎のために次第に体が衰弱していったときに

周りの人が心配して、こっそり鯉の生き胆を与えました。

 

宮沢賢治は、牛乳や鶏卵さえ摂らない菜食主義者ですから、

鯉の生き胆を食べさせられたと知って涙を流したそうです。

 

生きものの命を奪ってまで自分が生きたいとは思わない。

このようなかわいそうなことは二度としてくれるな。

 

そう訴えたと伝えられています。

宮沢賢治らしい逸話です。

 

鯉の生き胆は、果たして万病に効くのでしょうか。

 

たしかに鯉の栄養価が高いのは事実です。

滋養強壮、疲労回復の効果もあるようです。

 

しかし生き胆が特別な薬ということではないようです。

 

鯉はたいへん生命力のある魚です。

寿命も長く、数十年も生きることがあります。

 

そのため生き胆が珍重されたのではないでしょうか。