おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

ピーナッツはピーなのかナッツなのか

ピーナッツは日本語では落花生といいます。

花が落ちて実が生ることから落花生と名づけられました。

 

花が咲いた後に子房の蔓が伸びて地中に潜り込みます。

地中で子房が膨らんで結実したものが落花生です。

 

一般には、殻が付いた状態の豆のことを落花生と呼び、

殻を取り除いた豆のことをピーナッツと呼ぶ傾向があります。

 

英語のピーナッツはピーとナッツを組み合わせた名前です。

ピーはエンドウ豆のことで、ナッツは木の実のことです。

 

しかしピーナッツは豆類ではありますが、エンドウ豆ではありません。

まして木の実ではありません。

 

ナッツに分類されてしまうのは脂肪分が高いからかもしれません。

栄養も味覚も食感も木の実と言っても遜色ない食材です。

 

実際にクルミ、アーモンド、カシューナッツ、ピスタチオと一緒に

ミックスナッツとして供されることもあります。

 

ナッツに勘違いされてしまうことをどう感じているのか

ピーナッツ本人の意見を聴いてみたい気がします。

 

ところで、ピーナッツというタイトルの有名な漫画があります。

スヌーピーやチャーリーブラウンが登場するあの漫画です。

 

作者のシュルツ氏はこのタイトルがあまり好きでなかったそうです。

編集者が勝手に名づけてしまったと伝えられています。

 

英語のピーナッツには「つまらないもの」の意味があります。

またナッツ自身にも「愚かもの」の意味があります。

 

もちろん編集者にそうした悪意があったわけではありません。

ピーナッツでも食べながら気軽に読んでほしいと考えたそうです。

 

その願いが叶ったのかどうかわかりませんが、

ピーナッツという漫画は50年も連載が続きました。

 

その愛され方はまさにピーナッツにも劣らないほどでした。

 

スイカは野菜かフルーツか

イカは夏を代表する果物ですが、野菜に分類されることがあります。

はたしてスイカは果実なのでしょうか、野菜なのでしょうか。

 

農林水産省の定義では「果実的野菜」と呼ばれています。

つまり果実的であってもじつは野菜だということです。

 

イカの他にメロンやイチゴも同じように果実的野菜に属します。

 

しかし果物として扱っていけないわけではありません。

イカもメロンもイチゴも一般的に果物として売られています。

 

そもそも野菜と果物の違いは何でしょうか。

野菜とは、田畑で栽培される作物で加工しないものを指します。

 

たとえばサトウキビはサトウキビ畑で栽培されますが、

砂糖に加工されるので野菜ではありません。

 

一方、果実は果樹に実る作物のことを指します。

単年ではなく数年にわたって収穫できることも条件です。

 

ですからアボカドは果実に分類されるそうです。

いわば「野菜的果実」といえるかもしれません。

 

土用丑の日が二回ある理由

令和二年は土用丑の日が二回あります。

令和元年は一回しかありませんでした。

 

土用丑の日が一年に二回あるときは、

一の丑、二の丑と呼ばれることがあります。

 

土用丑の日はどのように決まるのでしょうか。

そもそも土用とは何でしょうか。

 

土用は二十四節気に由来する暦日のことです。

 

立春立夏立秋立冬を四立(しりゅう)といいますが、

四立の直前の十八日間が土用に当たります。

 

ですから土用は一年に四回あります。

 

一般に土用といえば夏の土用のことを指します。

立秋前の七月下旬から八月上旬までが夏の土用です。

 

土用の初日のことを土用の入りといいます。

土用の最終日は節分にあたります。

 

節分は四立の前日で季節の分かれ目のことですが、

一般に節分といえば立春の前日のことを指します。

 

丑の日は十二支を使った日にちの表し方です。

子の日から亥の日まで全部で十二種の日があります。

 

昔から年や日や時間や方角を表すのに十二支が使われています。

十二年に一度丑年があるように十二日ごとに丑の日がやってきます。

 

土用は十八日間ですから丑の日はその間に一回または二回あります。

平均すると二年に一度は二の丑があることになります。

 

二の丑があると鰻の消費量が二倍になるかというとならないようです。

 

一年に一度は鰻を食べたいと思うことはあっても、

十二日後にもう一度とはあまり思わないのかもしれません。

 

たとえるならば、クリスマスが一年に二回あったとしても

十二日後にまたケーキを食べたいと思わないのと同じです。

 

それとも甘いものは別腹でしょうか。

 

山の芋が鰻になる

「山の芋が鰻となる」ということわざがあります。

あり得ないことが実際に起きることのたとえです。

 

山芋も鰻も長細い形をしています。

その形から連想できなくもありません。

 

精がつく食べものであることも似ています。

 

肉食が禁じられている僧侶がこっそり鰻を食べるときに

口実として鰻を山芋と呼んだともいわれています。

 

しかし山芋が鰻になる本当の理由は鰻の生態にあります。

鰻の産卵はじつは昔から謎に包まれています。

 

川や湖などの淡水域で成長した鰻は海に下ります。

そのため海下(うなくだり)が鰻の語源ともされています。

 

鰻はフィリピン海域で産卵すると考えられています。

卵から孵化した稚魚はシラスウナギと呼ばれます。

 

はるばる日本まで戻ってきて川を上ります。

鰻の養殖はこのシラスウナギを捕まえて育てています。

 

ですから鰻が産卵するところを見た人は誰もいません。

山芋が鰻に変わるという迷信が生まれたのも当然です。

 

年々シラスウナギの漁獲量は激減しています。

そのため養殖鰻の価格もウナギ上りです。

 

二ホンウナギが絶滅危惧種に指定される恐れもあります。

このままでは鰻の蒲焼きが食べられなくなるかもしれません。

 

しかし鰻の完全養殖を実現するための研究が進められています。

近い将来、鰻の産卵を見ることができる日が来るでしょう。

 

あり得ないことが現実に起きる可能性があるのです。

山の芋が鰻になるかもしれません。

 

山芋と長芋

山芋と長芋は何が違うのでしょうか。

 

じつはたいへんややこしい話なのですが、

違うものでもあり同じものでもあります。

 

そもそも山芋という品種はありません。

学術的には「山の芋」というのが正式な名称です。

 

山野に自生する自然薯のことを指します。

里芋に対する呼称として使われてきました。

 

自然薯は「ヤマノイモ科」の日本原産の植物です。

 

それに対して長芋は中国原産と考えられています。

「いちょう芋」や「つくね芋」も長芋の一種です。

 

ところが「いちょう芋」や「つくね芋」は長芋と形が異なります。

そのため長芋と区別して「大和芋」と呼ばれることがあります。

 

本当は「いちょう芋」と「つくね芋」と「大和芋」は別の品種です。

つまり流通における商品の名称と品種の名称が一致していないのです。

 

このわかりにくさは消費者を混乱させてしまいます。

そこで山芋も長芋もあえて明確に区別しないで扱っているようです。

 

ですから山芋と長芋は違うものでもあり同じものでもあります。

もっともすり卸してしまえばどちらも「とろろ」になりますが。

 

とろろと山かけ

6月16日は「麦とろの日」だそうです。

麦とろとは麦飯に「とろろ」をかけた料理です。

 

山芋や長芋をすり卸したものをとろろといいます。

出汁や醤油で味をつけ、青海苔などの薬味を添えます。

 

食材に上にとろろをかけたものは「山かけ」といいます。

山芋をかけるからそう呼ばれています。

 

代表的な料理は「マグロの山かけ」です。

 

料理によっては上にかけずに隣に添えることがあります。

その場合は山かけとはいいません。

 

「となりのトロロ」といいます。

 

ジャガイモはなぜフランスに広まったのか

フランス語でジャガイモのことを「ポム・ド・テール」といいます。

「大地のリンゴ」という意味です。短く「ポム」ともいいます。

 

フライドポテトのことを英語で「フレンチフライ」といいますが、

フランス語では「ポム・フリット」と呼んでいます。

 

ポム・フリットはステーキの付け合わせの定番です。

フランスでたいへん人気のあるジャガイモ料理です。

 

しかしジャガイモがフランスに伝わってきた当初は

他のヨーロッパの国々と同様に食用にはされませんでした。

 

それどころか、悪い病気を引き起こすという迷信が広がり

ジャガイモの栽培を禁止する法律まで制定されました。

 

フランスでジャガイモの普及に貢献したのはパルマンティエです。

彼は栽培を促進するだけでなくレシピの考案にも努めました。

 

フランスには「アッシ・パルマンティエ」という料理があります。

挽き肉をジャガイモのマッシュで包んでオーブンで焼いた料理です。

 

「ポタージュ・パルマンティエ」というポタージュスープもあります。

もちろんジャガイモを使っています。

 

これらの料理はパルマンティエに因んで名づけられました。

 

パルマンティエは戦争ではプロイセンの捕虜になった経験があります。

そのとき食事で与えられたのがジャガイモです。

 

捕虜に食べさせる料理ですから美味しくはないかもしれませんが、

彼はジャガイモが食材としてたいへん優れていることに気づきました。

 

フランスに帰国後、彼はルイ16世の庇護の下にジャガイモを広めます。

それにはまず民衆に関心を持ってもらうことが大切だと考えました。

 

そこである秘策を思いつきました。

 

宮廷の近くにジャガイモ畑を作り昼間は厳重に衛兵に見張らせます。

その重々しい警備を見た民衆はこう考えました。

 

「この畑にはきっと貴重な作物が植えられているに違いない。」

 

ところが夜になると畑の警備が解かれて無防備な状態になります。

人々はこっそり畑に忍び込んでジャガイモを掘り出しました。

 

つまりわざと盗ませる作戦だったのです。

これが功を奏してジャガイモが広まったといわれています。

 

もっともこれはフリードリヒ大王の戦略とも伝えられています。

パルマンティエはそれを捕虜のときに聞いていたのかもしれません。

 

ジャガイモの普及にはマリー・アントワネット王妃も一役買っています。

 

宮廷では毎晩のように華やかな夜会が開かれていましたが、

王妃はジャガイモのブーケを飾って出席者の目を惹いたそうです。

 

ジャガイモの花は薄い紫色を帯びた白い清楚な花です。

バラやランのような妖艶で煌びやか花ではありません。

 

衣装にも宝飾品にも贅を尽くしたマリー・アントワネット王妃ですが、

かえってジャガイモの清楚な花を目新しく感じたのかもしれません。

 

王妃のおかげでジャガイモは少しずつ知られるようになりました。

しかしその食材としての価値は認識していなかったようです。

 

フランス革命の直前、家臣が国民の窮状を訴えるエピソードがあります。

 

「民衆にはもう食べるパンがありません。」

 

それを聞いたマリー・アントワネット王妃は有名な言葉を残しています。

 

「パンがなければケーキを食べさせればよい。」

 

本当にこの言葉通りに発言したのかどうかわかっていませんが、

国民の苦しみを理解しない王妃の人柄を表す言葉とされています。

 

もし王妃が食材としてのジャガイモの真価を知っていたならば

きっとこう答えたに違いありません。

 

「パンがなければジャガイモを食べさせればよい。」