おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

三日とろろ

三日とろろとは、お正月の三日にとろろを食べる習慣のことです。

この日にとろろを食べると無病息災で一年を過ごせると伝えられています。

 

また、お正月のご馳走をたくさん食べて胃も疲れているでしょうから、

消化の良いとろろで胃を癒してくださいという意味もあるそうです。

 

私の生まれ故郷の福島に古くから伝わる風習ですが、福島だけでなく、

東北地方、関東地方、中部地方の各地に残っているお正月の行事です。

 

私は以前、拙著「四季の菜摘み」にも書きましたが、貧しい時代の農村に

胃が疲れるほどのご馳走が本当にあったのかと疑問に思っています。

 

むしろお正月といえども三日目になると食べるものが少なくなり、

せいぜいとろろ程度しかなかったのではないかと考えています。

 

三日とろろを食べると何だか切ない気持ちになります。

 

ところで今年は東京オリンピックが開催されますが、

56年前にも東京オリンピックがありました。

 

そのときマラソンランナーとして大活躍したのが円谷幸吉選手です。

銅メダルを獲得して一躍国民的な英雄になりました。

 

真面目で努力家で愚直なまでに誠実な人柄で知られていますが、

陸上選手としての栄光は、残念ながら長く続きませんでした。

 

次のメキシコシティオリンピックを目指して懸命に努力するものの

不運が続き、思い通りに結果を出すことができませんでした。

 

周囲の過度の期待の中、挫折や苦悩と必死に戦いますが、

最後は力尽き、自らの命を絶ってしまいます。

 

その円谷幸吉選手が残した遺書の中に三日とろろが出てきます。

「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました」と綴っています。

 

円谷幸吉選手は福島県の出身です。

おそらく正月に帰省して家族と一緒に三日とろろを食べたと思われます。

 

亡くなったのが1月9日ですから、すでに覚悟を決めていたかもしれません。

どのような気持ちで三日とろろを味わったのでしょうか。

 

その心情を推し量ると本当に切なくなります。

 

ホロホロ鳥のホロホロとは何か?

ホロホロ鳥はアフリカに生息するキジ科の鳥です。

西アフリカのギニア湾岸が原産と考えられています。

 

そのため英語で「ギニア・ファウル」と呼ばれています。

ギニアの鶏という意味です。

 

古くから食用として家禽化されてヨーロッパに伝わりました。

ヨーロッパでは当初「ターキー」と呼ばれていたようです。

 

しかし後から伝来した七面鳥ホロホロ鳥と混同されるようになり、

いつしかターキーは七面鳥のことを指す言葉になりました。

 

哀れなホロホロ鳥七面鳥に名前を奪われてしまいました。

なぜホロホロ鳥七面鳥に負けてしまったのでしょうか。

 

ホロホロ鳥は非常に神経質な鳥であり飼育が難しいとされています。

そのため七面鳥ほど広く普及しなかったと考えられます。

 

そもそもホロホロ鳥は熱帯の鳥ですから寒さが苦手です。

寒冷なヨーロッパには向いていなかったのかもしれません。

 

それでも温暖な南ヨーロッパでは高級食材として珍重されています。

野趣がありながら上品な味と繊細な肉質は七面鳥をはるかに凌ぎます。

 

まさに名を捨てて実を取る見事な鳥です。

 

イタリア語では「ガッリーナ・ファラオーナ」といいます。

ファラオの鶏という意味です。

 

古代エジプト王であるファラオの名を冠するくらいですから、

食材として最高の評価を得ているのだと思います。

 

もしかしたら本当にファラオはホロホロ鳥を食べていたかもしれません。

 

フランスでもホロホロ鳥は「食鳥の女王」として愛されています。

国内各地で飼育され、その生産量は世界一です。

 

たとえ飼育が難しくても美食にかける情熱はさすがフランスです。

高級レストランだけでなく家庭でも一般に料理される食材です。

 

家庭ではオーブンで丸ごとロティ(いわゆるロースト)にしたり、

フリカッセ(いわゆる煮込み)にすることが多いようです。

 

ところでホロホロ鳥という和名はどうしてつけられたのでしょうか。

ホロホロと鳴くからという説がありますが、本当でしょうか。

 

ホロホロ鳥はキジ科に属しますが、キジ科の鳥は甲高い声で鳴くのが特徴です。

たとえばキジ科の代表的な鳥といえばニワトリです。

 

ご承知の通りニワトリは「コケコッコー」と大きな声で鳴きます。

時を告げる鳥として日本でも古代から神聖化されてきました。

 

また「キジも鳴かずば撃たれまい」ということわざがある通り、

キジは遠くまでよく響く声で「ケーン」と鳴きます。

 

私は実際にホロホロ鳥が鳴くのを聞いたことがありませんが、

おそらく甲高い声で鳴くのではないかと思います。

 

もっとも日本語には「けんもほろろ」という表現があります。

この場合の「けん」も「ほろろ」もキジの鳴き声とされています。

 

ですから日本人の耳には「ほろろ」と聞こえなくはないようです。

もしそうであれば、鳴き声命名説が絶対に間違いともいえません。

 

ちなみに「けんもほろろ」は不愛想な様子を表わしています。

「親切な申し出をけんもほろろに断る」といった使い方をします。

 

キジがせっかく「けん」と鳴いても人によっては「ほろろ」と

聞こえることもあるということを意味しています。

 

さて、ホロホロ鳥という和名のもう一つの由来は江戸時代に遡ります。

 

ホロホロ鳥が日本に伝わったのは七面鳥とほぼ同じ時期と考えられます。

オランダの商船によって長崎にもたらされました。

 

そのときホロホロ鳥は「ポルポラート」と紹介されたようです。

ポルポラートはオランダ語ではなくイタリア語です。

 

カトリック教会の枢機卿が身につける紫色の法衣を指します。

もっと正確には「紫色の法衣をまとった」という意味の形容詞です。

 

ホロホロ鳥七面鳥と同様に頭から首にかけて羽毛がありません。

顔の色は白や青ですが、首の色は黒紫です。

 

それが枢機卿の法衣の色に似ていると思われたのではないでしょうか。

そのためポルポラートと名づけられたと考えられます。

 

やがてポルポラートが転訛してホロホロ鳥になったという説が有力です。

 

それにしてもファラオにたとえられたり枢機卿にたとえられたり、

ホロホロ鳥は何と身分の高い鳥なのでしょうか。

 

ちなみにオランダ語では「パレル・ホーエン」といいます。

真珠の雷鳥という意味です。

 

ホロホロ鳥の灰青色の羽毛にはたくさんの白い斑点があります。

それがまるで真珠を散りばめたように見えるのでしょう。

 

日本語でもホロホロ鳥を漢字で書くと「珠鶏」です。

発想は同じですね。

 

七面鳥は名前も七変化

七面鳥北アメリカ大陸原産のキジ科の鳥です。

 

キジの仲間では最も大きく、体長1メートルを超えるものもあります。

短距離の跳躍はできるのですが、軽やかに大空を飛ぶことはできません。

 

アメリカの先住民によって古くから家禽化されてきましたが、

16世紀に食用としてヨーロッパに伝わりました。

 

英語では「ターキー」といいますが、これはトルコの国を意味します。

トルコを経由して伝わったと誤解されたことに起因するものです。

 

面白いことにターキーという名は移民によってアメリカに逆輸入されました。

今もアメリカの人々は七面鳥をターキーと呼んでいます。

 

アメリカでは感謝祭のご馳走として七面鳥は欠かすことができません。

お腹に詰め物をして丸ごとローストする料理が定番です。

 

「サンクス・ギビング・デー」のことを「ターキー・デー」とも呼ぶそうです。

それだけ七面鳥アメリカの人々に親しまれているということです。

 

毎年ホワイトハウスでは大統領が七面鳥に恩赦を与えることが恒例です。

大統領に贈られた七面鳥を食べずに放免してあげるという行事です。

ケネディ大統領以来の伝統だそうです。

 

欧米では七面鳥のローストはクリスマスのご馳走でもあります。

 

ディケンズの有名な小説「クリスマス・キャロル」の最後の場面に

七面鳥の丸焼きが登場して以来、広く普及したともいわれています。

 

日本ではクリスマスというとローストチキンの方が一般的です。

やはり日本人には鶏肉の方が親しみやすいのでしょうか。

 

七面鳥の味は淡白なので日本人にも好まれると思うのですが、

丸ごと焼ける大きなオーブンが日本には少ないのかもしれません。

 

国内でも飼育している農家があるようですがほとんど流通していません。

一般に市販されているのはロースト用に輸入された冷凍の七面鳥です。

 

ローストの他にターキーサラダやターキーサンドイッチにも用いられます。

甘いクランベリーソースが添えられることもあります。

 

肉料理に甘いソースなんて意外に思われるかもしれませんが、

和食の照り焼きや焼き鳥なども甘いタレを使っています。

 

七面鳥クランベリーソースは結構合っています。

オレンジソースやアップルソースも合いそうです。

 

ところで七面鳥という和名はどうしてつけられたのでしょうか。

 

七面鳥は江戸時代にオランダから日本に伝わったといわれています。

ですから当時長崎にいた日本人が命名したと考えられます。

 

おそらく名の由来は七面鳥の顔の色ではないでしょうか。

七面鳥は頭から首にかけて羽毛がなく皮膚は赤い色をしています。

 

繁殖期になるとオスの頭部の皮膚が赤から青や紫色に変わります。

顔の色が七変化することから七面鳥と名づけられたようです。

 

ちなみに中国語では七面鳥のことを「火鶏」というそうです。

何と発音するかわかりませんが、赤い顔の色に因んだ命名でしょう。

 

フランス語では七面鳥を「ダーンド」と呼びます。

これは「コック・ダーンド」を短縮した名称です。

「インドの鶏」という意味です。

 

インドを経由して伝わったと考えたわけではないのでしょうが、

異国情緒あふれる名前で呼びたかったのかもしれません。

 

ほとんどのヨーロッパ語で七面鳥はトルコを意味する言葉ですが、

スペイン語だけが「パーヴォ」と呼んでいます。

 

スペインは七面鳥をヨーロッパにもたらした当事者ですから、

トルコ経由ではないことはもちろん知っていたのでしょう。

 

パーヴォとはスペイン語クジャクのことを意味します。

同じキジ科の鳥ですから、たしかに似ている面もあります。

 

スペイン人が北アメリカ大陸で初めて七面鳥を見たときに

クジャクだと思い込んだのかもしれません。

 

さて、先住民は七面鳥のことを何と呼んでいたのでしょうか。

とても興味がありますが、残念ながら伝えられていません。

 

しんじょとはんぺん

しんじょは魚介類のすり身に出汁や卵白や山芋を加えて手毬(てまり)に成形し、

蒸したり茹でたり油で揚げたりした料理です。

 

出来立ての熱々に大根おろしを添えたり柑橘類を搾っていただくと最高です。

また煮物やおでんの具としても美味しさが際立ちます。

 

素材によって「エビしんじょ」や「ハモしんじょ」など呼称も変わります。

 

しんじょを漢字で書くと「真薯」です。薯とは山芋のことです。

正しくは薯蕷(じょうよ)といいます。大和芋やつくね芋を指す言葉です。

 

山芋が入ることでしんじょがふっくらふわふわに仕上がります。

日本料理に山芋は欠かすことのできない食材です。

 

しんじょによく似た料理にはんぺんがあります。

 

はんぺんは白身魚のすり身に山芋をすりおろして茹で上げたものです。

主に関東や東海地方で親しまれています。

 

しんじょとの違いは出汁や卵白を使わないことだといわれていますが、

地域によって、または料理する人によって製法は異なるようです。

 

使われる白身魚は主にスケトウダラやエソやイトヨリダイなどですが、

ヨシキリザメやアオザメなどのサメ類を使うこともあります。

 

むしろサメ類だけを使ったものが本物のはんぺんであるという意見もあります。

 

身の柔らかいヨシキリザメははんぺん特有の食感を生み出し、

旨みの強いアオザメははんぺん特有の風味を生み出すそうです。

 

その理想的な比率はヨシキリザメが6に対してアオザメが4といわれています。

はんぺんにおける黄金比だそうです。

 

ところで、なぜサメを使ってはんぺんが作られるようになったのでしょうか。

 

その理由は「ふかひれ」にあるようです。

ふかひれとは中華料理の高級食材として知られるサメのヒレのことです。

 

はんぺんが作られ始めたのは江戸時代の中期と考えられています。

当時は鎖国中でしたが、ふかひれは主要な輸出品の一つでした。

干しあわびや干しなまことともに長崎から清に輸出されていました。

 

ヒレを取った後のサメの身が次第に魚市場に出回るようになり、

サメを美味しく食べる方法としてはんぺんが考案されたそうです。

 

考案者は駿河の料理人、半平さんであるという説があります。

そのためはんぺんと呼ばれるようになったとか。

 

本当かどうかはわかりませんが、

五平餅の考案者が五平さんであるという説に似ているような気がします。

 

現在は正方形の座布団型にはんぺんを成形することが多いのですが、

昔はお椀を使って成形したので半月型になっていました。

 

そのため「半片」と呼ばれるようになったという説が有力です。

 

今でも静岡県で作られる「黒はんぺん」は半月型です。

黒はんぺんとはイワシを使って作られるはんぺんです。

 

面白いことに、静岡県では黒はんぺんのことをはんぺんと呼び、

白身魚で作られるはんぺんを「白はんぺん」と呼ぶそうです。

 

地方によって白黒はっきりしているようですね。

 

おぼろとそぼろ

「おばろ昆布」は昆布の表面を薄く削ったものです。

ふわっとした食感と豊かな昆布の風味が魅力です。

 

「とろろ昆布」とよく間違われますが製法が異なります。

 

とろろ昆布は何枚かの昆布を束ねてその側面を削ります。

おぼろ昆布は一枚ずつ昆布の表面を削ります。

 

とろろ昆布は機械で削りますが、

おぼろ昆布は職人が手作業で削ります。

 

おぼろ豆腐」は型入れしない柔らかい状態の豆腐のことです。

おぼろ月のようなゆらゆらした感じが特徴です。

 

大豆のほのかな甘みを堪能できる豆腐の原点です。

 

豆乳に苦汁(にがり)を打って寄せたところを椀に掬うので、

「寄せ豆腐」とも「汲み出し豆腐」とも呼ばれます。

 

単に「おぼろ」というときは「田麩(でんぶ)」のことを指します。

田麩とは魚やエビの身をほぐして甘辛く炒り上げたものです。

 

特に江戸前寿司では芝エビの田麩のことをおぼろと呼ぶそうです。

ちらし寿司や太巻き寿司に欠かせない食材です。

 

ちなみに芝エビは東京都港区芝という地名に由来します。

昔は芝の海岸でたくさん獲れたそうです。

 

今では東京湾でほとんど芝エビは獲れません。

有明海三河湾や瀬戸内海が主な産地です。

 

ところでおぼろに似た料理に「そぼろ」があります。

魚や肉を加熱してほぐした料理です。

 

鶏の挽き肉を使ったものを「鶏そぼろ」と呼び、

炒り卵のことを「卵そぼろ」と呼ぶこともあります。

 

ご飯の上にきれいにそぼろを敷き詰めると「そぼろ丼」になります。

色鮮やかな「三色そぼろ」はお弁当の定番です。

 

さて、おぼろとそぼろの違いは何でしょうか。

 

細かいのがおぼろで粗いのがそぼろという説があります。

粗いおぼろ、すなわち「粗(そ)おぼろ」がそぼろになったそうです。

 

また、いったん火を通してから身をほぐして炒るのがおぼろで、

生の素材から炒り上げるのがそぼろだという説もあります。

 

素材から作る「素(そ)おぼろ」がそぼろになったそうです。

 

もっともらしい説ですが、私はそのどちらでもないと考えます。

なぜならば、そぼろという言葉は昔から使われているからです。

 

たとえば「そぼろ髪」や「そぼ降る雨」といった表現があります。

そぼろは乱れた様子やばらばらの状態を表わす言葉です。

 

古語にも「戯(そぼ)る」という動詞があります。

現代語で「おどける」「ふざける」「たわむれる」という意味です。

 

ですから「そ」と「おぼろ」から「そぼろ」が生まれたわけではないと思います。

 

そぼろの語源はポルトガル語の「ソブラード」ではないかと言われています。

ソブラードとは余りものを意味する言葉だそうです。

 

長崎にポルトガル人の宣教師がやって来て肉を食べる習慣が普及しました。

日本人の味覚に合うように考案された豚肉料理がソブラードです。

 

豚肉と余りものの野菜を炒めた料理だったのではないかと考えられています。

それを受け継いだ長崎の郷土料理が「浦上そぼろ」です。

 

豚バラ肉、揚げ蒲鉾、コンニャク、ゴボウ、ニンジン、モヤシを炒めて作ります。

長崎では学校給食のメニューにもなっているそうです。

 

和風の五目キンピラと中華風の野菜炒めの中間のような料理でしょうか。

どことなく長崎ちゃんぽんの具にも似ています。

 

いずれにしても、そぼろと浦上そぼろはだいぶ異なる料理です。

 

がんもどきとひろうす

がんもどきは水気を切って崩した豆腐を球状にして油で揚げた料理です。

 

具としてギンナンや刻んだニンジン、レンコン、キクラゲなどが入ります。

つなぎにヤマイモを使ってふっくらと仕上げます。

 

煮物やおでんの種としますが、一度油で揚げるので味にコクがあります。

庶民的な食材であり「がんも」の愛称でも親しまれています。

 

がんもどきは漢字で書くと「雁擬き」です。

「雁」とは渡り鳥のガンのことです。

 

がんもどきはガンの味に似せて作られたと伝えられています。

 

食肉が禁じられた僧侶のために考案された精進料理の一つであり、

肉や魚の味や外見や食感を再現したいわゆる「擬き料理」です。

 

私はガンを食べたことがありませんが、たとえガンの味に似ていなくても

がんもどきは十分においしい料理だと思います。

 

ところで、つみれやつくねのように丸くした食材のことを

和食の料理人は「丸(がん)」と呼んでいます。

 

肉や魚の身を包丁で細かく叩いてつくねを作り、それを椀種にして

吸い物仕立てにすることを「丸に仕立てる」というそうです。

 

落語の「目黒のサンマ」にも丸の話が出てきます。

 

せっかく脂の乗った新鮮なサンマを塩焼きせずに、

蒸して脂を抜き、丸に仕立てて吸い物にする話です。

 

一口召し上がったお殿様があまりの不味さにこう尋ねます。

 

これ、このサンマはいずこより求めたものであるか。

はは、日本橋の魚河岸より最上のものを仕入れて参りました。

何、日本橋とな。それはいかん。サンマは目黒に限る。

 

丸に仕立てるにも適する食材と適さない食材があるようです。

 

私はかねてからがんもどきの「がん」はもともと「雁」ではなく、

この「丸」ではなかったかと考えてきました。

 

というのはガンがそれほど一般的な食材ではないからです。

 

野生のガンを食用にすることは古くからありました。

現代風にいうとジビエです。

 

椋鳩十の「大造じいさんとガン」という童話にも登場します。

狩猟の対象としてガンが描かれています。

 

しかし他の野禽類、たとえばカモやキジなどに比べると

食材としての質がさほど高くなかったのではないでしょうか。

 

カモにはカモ鍋やカモ南蛮があり、キジにはキジ蕎麦がありますが、

ガンの料理として知られているものはありません。

 

おいしいジビエが他にいくらでもあるのに、あえてガンの味を真似する

というのはおかしな話です。

 

ですから、がんもどきの「がん」はもともと「雁」ではなく、

「丸」のことだったのではないかというのが私の考えです。

 

もっとも、豆腐でがんもどきを作るようになったのは江戸時代だそうです。

それ以前のがんもどきはコンニャクや麩を油で揚げたものでした。

 

豆腐で作ったがんもどきほどふっくら柔らかくはありません。

もしかしたら味ではなく噛み応えがガンの肉に似ていたのかもしれません。

 

ところで関西ではがんもどきという呼称は使いません。

「飛竜頭」と書いて「ひりょうず」または「ひりゅうず」と呼びます。

とくに京都では「ひろうす」といいます。

 

京ことばは濁点を嫌い柔らかな音を好むといわれています。

たとえば湯葉は「ゆば」ではなく「ゆわ」と呼びます。

 

ちなみに徳川二代将軍の秀忠の五女和子が後水尾天皇中宮となるときは

名前の読み方を「かずこ」から「まさこ」に変えました。

 

宮中では濁点の付いた名前が認められなかったそうです。

 

それを聞いた秀忠は、ではわしの名も「ひてたた」にせねばならぬのか。

何とも弱々しい名じゃのうと大笑いしたそうです。

 

ひろうすも京都風にひりょうずが音韻変化したものと私は考えていました。

ところが、ひろうすの方が語源としては先であることを知りました。

 

ひろうすはポルトガル語の「フィリョース」に由来するそうです。

フィリョースとは小麦粉を練って油で挙げたお菓子だそうです。

 

沖縄の「サーターアンダギー」のような揚げ菓子ではないでしょうか。

 

ドーナツを油で揚げてみるとわかると思いますが、

多少いびつな生地でも火が通るときれいに丸く膨らみます。

 

がんもどきの形がそれに似ていたのかもしれません。

 

ですから「フィリョース」という言葉から「ひろうす」が生まれ、

それを「飛竜頭」と表記して「ひりょうず」と呼んだと考えられます。

 

もっとも、どちらが先であってもおいしいことに変わりはありませんが。

 

つみれとつくね

つみれは「摘み入れる」という言葉に由来します。

すり身を手で摘んで入れるという意味です。

 

竹べらやスプーンを使ってすり身を一口大に形を整えます。

すでに煮立っている鍋や汁の中に入れて作ります。

 

つくねは「捏(つく)ねる」という言葉に由来します。

すり身を手で丸くこねるという意味です。

 

つみれと違って下準備の段階で団子状にしっかり成形します。

焼いたり煮たり揚げたりさまざまな料理に応用が利きます。

 

つみれには魚のすり身がよく使われ、つくねには鶏の挽き肉がよく使われますが、

つみれとつくねは調理方法の違いであって材料の違いではありません。

 

ですから鶏の挽き肉のつみれもあれば、魚のすり身のつくねもあります。

 

とは言え、つみれにはアジやイワシなどの青魚が使われることが多いようです。

私もイワシのつみれは大好きです。

 

魚屋さんの店先でピカピカの新鮮なイワシを見ると嬉しくなります。

新鮮なイワシはお刺身や酢締めもいいのですが、つみれもおいしくいただけます。

 

まずはイワシを手開きにして皮を引きます。

そして包丁で身を細かく叩いてすり身を作ります。

 

イワシは小骨の多い魚ですが、つみれにすると気になりません。

むしろイワシのつみれらしい食感を生みます。

 

背骨は取りますが、小骨が残っていても構いません。

小骨ごと身を叩いてすり身にします。

 

塩を加えてよく練ると粘り気が出てきます。

さらにショウガのしぼり汁を入れて練ります。

 

つなぎに卵白を混ぜるとふっくらと仕上がりますが、

卵白を混ぜない噛み応えのあるつみれを好む人もいます。

 

また刻んだ青ネギを入れるとイワシの風味を引き立てますが、

それもお好みです。

 

練り上がったつみれは鍋や汁に仕立てる前に下茹でします。

青魚の生臭みを取るための一手間です。

 

沸いたお湯の中にイワシのつみれをすくって入れます。

中までさっと火が通ったら引き上げます。

 

茹ですぎるとイワシの旨みまで逃げてしまいます。

火を通しすぎないように手早く湯通しするのがコツです。

 

茹で立てはそのままショウガ醤油で食べてもおいしいです。

もちろん出来立てのイワシのつみれで作った鍋や汁も絶品です。

 

イワシは個性が強いのでシンプルな鍋がお勧めです。

寄せ鍋のような多くの食材は要りません。

 

つみれ汁に仕立てるときは味噌よりも醤油が合います。

たっぷりの白髪ネギを添えると旨さが際立ちます。

 

素朴でありながら深い滋味を感じる一品です。