おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

ポルチーニと舞茸

ポルチーニはイタリアのキノコです。

 

イタリア語で「子豚ちゃん」を意味します。

丸みを帯びた姿が子豚を連想させる愛嬌のあるキノコです。

 

濃厚な香りを活かしてパスタやリゾットに使われます。

 

日本では生のポルチーニを手に入れることは難しいのですが

乾燥したポルチーニが売られています。

 

水でもどして香り豊かな料理を楽しむことができます。

私はときどきポルチーニを使って玄米リゾットを作ります。

 

リゾットというよりはお粥に近いのですが、

ポルチーニのもどし汁で玄米を柔らかく炊きます。

 

味付けは塩と粉チーズだけです。

それだけで風味豊かなポルチーニリゾットが味わえます。

 

ポルチーニが手に入らないときは舞茸を使います。

舞茸もポルチーニに負けない香り豊かなキノコです。

 

舞いたくなるほどおいしいので舞茸と名がつきました。

山で見つけたときに歓喜のあまり舞ってしまうからという説もあります。

それだけおいしいキノコです。

 

舞茸を使った料理は色が黒ずんでしまうので欠点です。

他の食材との組み合わせがどうしても限られてしまいます。

 

しかし玄米リゾットならば問題ありません。

玄米の色と見事に調和して食欲を誘います。

 

仕上げに生醤油を少しだけ加えます。

すると不思議なことに舞茸がポルチーニに変身します。

 

粉チーズをかけるとまさにポルチーニリゾットです。

イタリアに移住しなくても済むおいしさです。

 

リゾットはイタリア生まれ

リゾットはイタリアのお粥です。

 

イタリア語で「リゾ」はお米を意味します。

「オット」は親しみを表わす接尾語です。

 

ですからリゾットを日本語にすると「お米さん」になります。

何だか「お粥さん」に似た表現ですね。

 

イタリアのお粥といっても日本のお粥の作り方とは全く違います。

 

まず刻んだニンニクやネギをオリーブオイルで炒めます。

香りが出たところにお米を入れます。

 

お米がオリーブオイルになじんだら白ワインを加えます。

 

「米は水の中で生まれてワインの中で死ぬ」ということわざが

イタリア語にあります。

 

米は水田で栽培されてワインで料理されるという意味だと思います。

イタリアでおいしい米料理を作るにはワインが欠かせません。

 

白ワインがひと煮立ちしたらブロードを加えます。

ブロードとはブイヨンのことです。

 

ブロードはイタリア語、ブイヨンはフランス語です。

リゾットはイタリア料理なのでここはブロードと呼びましょう。

 

ブロードを加えた後はお米が炊き上がるのを待ちます。

あまりかき回さないように炊くのは日本のお粥と同じです。

 

しかし柔らかくなり過ぎてはいけません。

パスタもリゾットもアルデンテに仕上げるのがイタリア流です。

そこは日本のお粥と違うところです。

 

炊き上がったら塩と胡椒で味を調えます。

仕上げにパルミジャーノ・レッジャーノをすりおろします。

 

パルミジャーノ・レッジャーノは風味豊かなイタリアのチーズです。

これ以上リゾットに合うチーズは他にありません。

 

明日にでもイタリアに移住したくなるおいしさです。

 

ドリアは日本生まれ

ミルク粥にチーズを乗せてオーブンで焼いた料理があります。

ドリアといいます。

 

もっと正確にいえばライスグラタンという料理です。

 

マカロニグラタンのマカロニの代わりにご飯を使ったグラタンと

いえばわかりやすいでしょうか。

 

ドリアという名称から察すると西洋料理のように思われますが、

じつは日本で生まれた料理です。

 

昭和初期に横浜の老舗のホテルで生まれました。

ヨーロッパから招聘された料理長が発案したと伝えられています。

 

バターで炒めたご飯に海老のクリーム煮を混ぜベシャメルソース

チーズをかけてオーブンで焼いた料理でした。

 

ドリアという料理名はフランス語を語源とするらしいのですが、

一般にそのような名前のフランス料理を私は知りません。

 

私の勉強不足かもしれませんが少なくとも私の持っているフランス語の

辞書にはドリアという料理名は載っていません。

 

そもそもドリアという音韻がフランス語らしくありません。

 

別の説ではイタリアの海軍総督だったアンドレア・ドリアの名に因む

ともいわれていますが、はっきりしたことはわかっていません。

 

いずれにしても日本でドリアが誕生したきっかけは思いやりの心です。

 

長旅で体調を崩して食欲のないホテル客のために料理長が作りました。

その発想はお粥を源流とするのではないかと私は考えます。

 

ヨーロッパからやってきたこの料理長は日本のお粥を食べていたはずです。

心と体に優しく沁みるお粥の神髄を知っていたにちがいありません。

 

その神髄を西洋料理に活かして創作したのがドリアではないでしょうか。

ですから私はドリアがミルク粥の延長線にある料理と考えています。

 

ミルク粥とお釈迦さま

私が子どもの頃に食べてみたいと思ったお粥はミルク粥です。

ミルク粥は牛乳粥とも乳粥ともいいます。

 

お釈迦さまが悟りを開くときの話にこのミルク粥が出てきます。

こんな話です。

 

お釈迦さまは出家後6年にも及ぶ厳しい修行を積みました。

 

生死をさまようほどの苦行のために体はすっかり衰弱しましたが

悟りを開くことができませんでした。

 

一旦苦行を止めてナイランジャナー川で沐浴して身を清めました。

木陰に休んでいると村の娘からミルク粥の施しを受けました。

 

滋養をつけて体力を回復したお釈迦さまは菩提樹の下で瞑想しました。

そしてついに悟りを開いて仏陀となりました。

 

仏教ではこの話を乳粥供養といいます。

 

牛乳でお粥を作るなんて子ども心に興味深く感じました。

インド特有の食べ物だとずっと思っていました。

 

しかしそうではありません。

ミルク粥は世界各地にあります。

 

いわゆるライスプディングと呼ばれる食べものがそうです。

しかも甘く味付けしてデザートとして食べることが多いそうです。

 

牛乳でお粥を炊くだけでも驚きなのにお粥を甘くするとは衝撃的です。

私は始めはそう感じました。

 

しかし食べてみると全く違和感がありません。

むしろお米の新しいおいしさを味わうことができます。

 

おそらくお釈迦さまのミルク粥も蜂蜜か果糖で甘くしたと考えられます。

心に沁みるおいしさだったのではないでしょうか。

 

お粥と雑炊の違い

雑炊は野菜や魚介類などと一緒にお米を柔らかく炊いた料理です。

 

一般には鍋料理の最後にご飯を入れて仕上げるものと思われていますが、

それだけが雑炊ではありません。

きちんと出汁を取ってお米からじっくり炊き上げる雑炊もあります。

 

雑炊は「増水」が語源であるという説があります。

水を増やしてご飯を炊く調理方法はお粥とよく似ています。

 

ではお粥と雑炊の違いは何でしょうか。

 

お粥はご飯そのもののおいしさを味わう料理であり、

雑炊はご飯と具材の混然としたおいしさを味わう料理といわれています。

しかし明確な違いがあるわけではありません。

 

例えば中華粥のように具だくさんのお粥もあります。

逆に玉子雑炊のように簡素な雑炊もあります。

おいしければ名前はあまり関係ないようです。

 

雑炊は「おじや」ともいいます。

名前の由来は炊くときの音が「じやじや」と聞こえるからだそうです。

 

雑炊とおじやは別の料理だという説もありますが

これもまたはっきりしていません。

 

私は子どもの頃よく風邪をひいたときにおじやを作ってもらいました。

玉子が入った味噌風味のおじやでした。

 

そのため私はずっと玉子が入った味噌風味のものがおじやで

お米と塩だけのいわゆる白粥がお粥だと思っていました。

 

各家庭ごとに色々なお粥や雑炊やおじやがあってよいのではないでしょうか。

 

お粥さん

お粥のことを関西ではお粥さんと呼びます。

発音は「おかゆさん」よりも「おかいさん」に近いようです。

 

さん付けで呼ばれるのはお稲荷さんと同じように

庶民的に親しまれているからです。

 

お粥さんは消化によく体も温まります。

 

風邪のときや胃腸が弱っているときばかりではありません。

朝食の定番として広く食べられています。

 

禅宗でも朝ご飯のことを粥座(しゅくざ)といいます。

修行の一環として作法に則りお粥さんをいただきます。

 

むしろ歴史的にいえば白米のご飯を食べるよりも

お粥さんの方が一般的だったのではないでしょうか。

 

米が貴重だった時代、日常的に白米のご飯を食べるのは

ごく一部の限られた身分の人々です。

 

多くの庶民は水を多くしてご飯を柔らかく炊いていました。

お粥さんにすることによって量が増えるからです。

 

ヒエやアワなどの雑穀や豆やイモやダイコンや菜っ葉を加えて

とにかくお腹いっぱい食べることを工夫していました。

 

芥川龍之介の小説に「芋粥」という作品があります。

平安時代の下級役人が飽きるほど芋粥を食べたいと願う話です。

 

お粥さんに芋を入れるだけの単純な料理であっても

昔の人々にとってはご馳走だったのです。

 

さん付けしたくなる気持ちもたいへんよくわかります。

 

お稲荷さん

お稲荷さんとは稲荷寿司のことです。

甘辛く煮た油揚げの中に寿司飯を詰めたお寿司の一種です。

 

さん付けで呼ばれるのはそれだけ親しまれているということですが、

どうしてお稲荷さんと呼ばれるようになったのでしょうか。

 

お稲荷さんの名前は稲荷神に由来します。

 

稲荷神はもともと五穀豊穣の神様です。

「いなり」とは稲が生ることを意味します。

 

そしてその稲荷神の使いがキツネです。

 

キツネは穀物を食い荒らすネズミを退治してくれるので

いつしか稲荷神の使いという地位を与えられるようになりました。

 

またキツネの尻尾が稲穂に似ていることから稲荷神の象徴になった

という説もあります。

 

油揚げがキツネの好物とされているために稲荷寿司と名づけられたようです。

地方によってはキツネ寿司やコンコン寿司という名前もあるそうです。

 

東日本では円筒型のお稲荷さんが多く見られますが、

これは米俵の形を模したものといわれています。

 

西日本では三角形のお稲荷さんが多く見られますが、

これはキツネの耳を模したものといわれています。

 

どちらも稲荷神への信仰から作られたものです。

お稲荷さんには五穀豊穣の願いが込められています。