おいしいことば

四季の料理と食材は美しい名を持っています。おいしい食べもののおいしいことばを探してみましょう。

ミョウガを食べると物忘れするのは本当か

昔からミョウガを食べると物を忘れるという言い伝えがあります。

本当なのでしょうか。

 

ミョウガには記憶力を低下させるような成分は含まれていません。

科学的な根拠のない言い伝えです。

迷信と言ってよいでしょう。

 

ではなぜこのような言い伝えが生まれたのでしょうか。

私が聞いた由来はお釈迦さまのお弟子さんの話です。

 

お釈迦さまの弟子の一人に極めて物覚えの悪い人がいたそうです。

名前を周利槃特(しゅりはんどく)といいます。

 

自分の名前さえ忘れてしまうのでいつも首に名札をかけていました。

もちろん経文も全く覚えられません。

それでも一生懸命に修行を積んで立派な仏弟子になりました。

 

お釈迦さまの教えは聡明であっても愚鈍であっても関係ありません。

物覚えが悪くても精進すれば誰でも悟りを開くことができます。

このお弟子さんはそれを実証しました。

 

彼が亡くなって埋葬されたお墓に見慣れない草が生えてきました。

それがミョウガです。

 

ミョウガは漢字で「茗荷」と書きます。

名を担うという意味です。

首に名札をかけていた周利槃特に因んでいます。

 

そのためにミョウガを食べると物忘れすると言い伝えられたようです。

 

ミョウガの由来

ミョウガはショウガとともに中国大陸から日本に伝わりました。

 

香りの強いショウガが「兄の香(せのか)」と名づけられたのに対して

香りの穏やかなミョウガは「妹の科(めのか)」と名づけられました。

 

いつしか「せのか」がショウガと呼ばれるようになり、

「めのか」がミョウガに呼ばれるようになりました。

 

じつはミョウガは日本原産ではないかと考えられた時期もありました。

ほぼ日本でしか食用とされていないからです。

 

しかし人が住む地域以外に自生する種が見つからないことから

人の手によって植えられたものが広がったというのが定説です。

 

ミョウガは地中の地下茎が伸びて広がります。

栽培に手がかからないので畑の隅に植えておけば勝手に育ちます。

 

食用とするのは「花ミョウガ」と呼ばれるいわば蕾の部分です。

香辛野菜として香りと味と色と食感を楽しみます。

 

露地物のミョウガは主に奈良県で生産されていますが、

ハウス栽培は高知県が最も盛んです。

全国の市場に流通するミョウガのほとんどは高知県産です。

 

高知県はショウガの生産もまた盛んです。

兄妹揃って高知県で育てられています。

 

兄妹とは古代の日本語では夫婦のことを意味します。

じつはショウガとミョウガは仲睦まじい夫婦なのです。

 

玉子豆腐

玉子豆腐は豆腐ではありません。

溶き卵に出汁を加えて蒸して固めた料理です。

 

調理法としては茶碗蒸しと変わりませんが、

茶碗蒸しが熱々をいただく料理であるのに対して

玉子豆腐はよく冷やしていただきます。

 

また茶碗蒸しには具を入れたり吸口に三つ葉を添えるのに対して

玉子豆腐は純粋に卵と出汁の味を楽しむ料理です。

 

そのため滑らかな口当たりが玉子豆腐の神髄です。

玉子豆腐を滑らかに作るためには加熱する温度が肝心です。

 

決して強火で急激に熱を加えてはいけません。

「す」が入ってしまって舌触りが悪くなるからです。

 

ゆっくりと加熱して火を通し過ぎないように注意します。

蒸し器のフタをずらして余分な熱を逃がすのがコツです。

 

全体に熱が行き渡る直前に火を止めて余熱で蒸し上げます。

粗熱を取ってから冷蔵庫でよく冷やしていただきます。

 

つるりとした食感は至福の味わいです。

 

卵のタンパク質が熱で固まる性質を利用するという点では

カスタードプリンも同じ原理です。

 

出汁の代わりに牛乳や砂糖やバニラビーンズを使うと

カスタードプリンになります。

 

プリンは英語のプディングに由来します。

 

イギリスにはカスタードプディングの他にも様々なプディングがあります。

デザートだけでなく蒸した料理のことを意味する場合もあります。

 

プディングが日本に伝わったのは明治時代の初期と考えられています。

当時の日本人の耳にはプディングがプリンと聞こえたようです。

 

もっとも現代の日本人の耳にもそう聞こえますが。

 

杏仁豆腐

杏仁豆腐は豆腐ではありません。

杏仁霜(きょうにんそう)から作られるデザートです。

 

アンズの種の中には仁(じん)を呼ばれる核があります。

梅干しの種の中の天神様や銀杏と同じものです。

 

これを粉にしたものが杏仁霜です。

古くから鎮咳の生薬として使われてきました。

 

しかし杏仁霜は苦味が強い薬です。

服用しやすく甘みをつけた薬膳が杏仁豆腐です。

 

現在では薬膳というより主にデザートして食べられています。

砂糖や牛乳と混ぜてゼラチンや寒天で固めて冷やします。

 

プリン風にするのであればゼラチンが向いています。

みつ豆風にするのであれば寒天が向いています。

 

カクテルフルーツを混ぜて作ると見映えがよいのですが、

フルーツに含まれる酵素がゼラチンを溶かしてしまいます。

 

そのため時間が経つと杏仁豆腐の形が崩れてシロップが濁ります。

みつ豆風にするときは寒天を使った方がきれいに仕上がります。

 

杏仁霜はじつは採れる量が希少な高級食材です。

そこでアーモンドパウダーを代用することがあります。

 

アーモンドはアンズと同じバラ科サクラ属の植物です。

食用にするのはやはり仁の部分です。

 

それを粉状にしたものがアーモンドパウダーです。

風味が杏仁霜にたいへんよく似ています。

 

アーモンドパウダーで作った杏仁豆腐も決して悪くありません。

杏仁霜に負けないおいしさです。

 

できれば「アーモン豆腐」と名づけたいほどです。

 

胡麻豆腐

胡麻の「胡」とは古代中国語で西方の地域や民族のことを意味します。

 

胡麻だけでなく胡桃(くるみ)、胡椒(こしょう)、胡瓜(きゅうり)にも

「胡」の字が用いられています。

 

おそらくこれらの食材はシルクロードを経由してペルシャやインドから

中国に伝えられたと考えられます。

 

胡麻はアフリカ大陸に野生種が多く自生しています。

サバンナ地域が原産地ではないかと推測されています。

 

紀元前からナイル川流域で栽培されてきました。

古代エジプトでは薬用として利用されていたことがわかっています。

 

クレオパトラも美容のために胡麻を愛用したと伝えられていますが、

真偽ははっきりしていません。

 

日本では奈良時代頃から栽培され始めました。

油を搾って食用とする他に灯火の燃料としても使われました。

 

長い歴史を通して胡麻は日本料理に欠かせない食材になりましたが、

中でも胡麻豆腐は最も洗練された日本料理であると私は考えます。

 

胡麻豆腐以上に胡麻の風味を究めた料理はありません。

 

胡麻豆腐は禅寺の精進料理として知られていますが、

胡麻を口当たりよく擂り上げるのは結構たいへんな作業です。

禅寺ではそれも僧侶の修行の一環として行われています。

 

炒った胡麻をねっとりするまで擂ってペースト状にします。

裏漉しにかけてから和紙に包んで余分な油を抜きます。

 

吉野の本葛粉を胡麻に練り込みよく混ぜ合わせます。

出汁を合わせてもう一度裏漉しにかけます。

 

弱火にかけながらゆっくりと練り上げます。

火が通ったら型に流し込んで固めます。

 

冷蔵庫でよく冷やして小鉢に切り分けワサビを添えます。

胡麻の香りとつるりとした食感と深い味わいは絶品です。

 

作り方は簡単ですが手をかけるほどおいしくなる不思議な料理です。

 

「ごまかし」の語源

江戸時代の文化文政年間に胡麻を使ったお菓子が売り出されました。

その名を胡麻胴乱といいます。

 

小麦粉と胡麻を練った生地で砂糖を包んで焼いたものです。

砂糖が熱で融けて生地の中が空洞になります。

 

その形が胴乱に似ているので胡麻胴乱と名づけられました。

 

胡麻の香りがよくサクっとした食感が庶民の人気を集めました。

またたく間に大流行となったそうです。

 

しかし中身が空洞であることを知らずに食べた人は驚きました。

餡が詰まっているかと思ったら何もありません。

 

そのため見かけがよく中身がないことを「胡麻菓子」と呼ぶようになりました。

それが「ごまかし」の語源です。

 

やがて「ごまかし」が動詞化して「ごまかす」という言葉が生まれました。

現代語では「誤魔化す」と書きます。

 

それだけ胡麻の風味がよいということでしょうか。

 

決して食べる人を誤魔化すわけではありませんが、

いろいろな料理に胡麻を使うとたしかにおいしくなります。

 

胡麻には不思議な力があります。

 

サラダ油は日本だけか

サラダ油という分類は日本独自の規格によるものです。

 

風味がよく色調の淡い植物油のことです。

原料として菜種や大豆など9種類の植物に限定されています。

 

また耐冷性があり低温でも凝固しません。0℃でも澄んでいます。

そのためサラダドレッシングやマヨネーズなどの生食用に向いています。

 

ところで日本以外の国にサラダ油はないのでしょうか。

 

サラダ油という呼称があるかどうかはわかりませんが、

低温でも凝固しない食用油の分類はいくつかの国にあるようです。

 

ただし外国では原料名による油の分類が一般的です。

 

オリーブ、ベニバナ、トウモロコシ、ヒマワリ、ゴマ、グレープシードなど

それぞれの油の特徴に合わせて料理に使い分けているようです。

 

日本でもそうした習慣が少しずつ広がってきましたが、

しかし家庭用の油といえばやはりサラダ油が主流です。

生食用だけでなく加熱用にも使われます。

 

昔は加熱用の油として天ぷら油というものがありました。

これはサラダ油と違って規格が定められているものではありません。

 

家庭用の精製油を単に天ぷら油と呼んでいたようです。

ですから業務用の天ぷらには天ぷら油は使われません。

 

外食産業などの業務用に主に使われる揚げ油は白絞(しらしめ)油です。

菜種油や大豆油を精製したものです。

 

ただし一流の天ぷら屋さんでは独自に揚げ油を調合しています。

天ぷらがカラリと揚がるようにお店ごとに工夫しています。

 

どんな油を使っているかはもちろん企業秘密です。

素材と油と職人の腕前がおいしい天ぷらの決め手です。